沼宮内稲荷神社祭典山車
令和五年十月


 令和五年、沼宮内の山車番付の大半は絵紙になり、その過半が実物を手にして初めてわかる魅力を備えていて嬉しかった。
 演題ラインナップ自体は令和元年の題や各組の歴代の代と重なる部分が多くワクワクしなかったが、実物にはだいぶ楽しませてもらえた。
 …山車の足は速かった。否、時間設定が早かったというべきか。

 



義経八艘飛び / 静御前 【 愛宕組 】

壇ノ浦には百船千船 中の御座船目にかける(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車愛宕組『義経八艘飛び』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

源平合戦 最後の山場 勝利と導く 八艘飛び
時は元暦 弥生の月に 雌雄決する 壇ノ浦

※南部流風流山車の『義経八艘飛び』

岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車愛宕組『義経八艘飛び』(岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月九郎義経想いて慕う さだめ悲しき白拍子(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車愛宕組『静御前』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

(所 感)

 足を折り込む表現には高さを感じ、上半身は片側が開き片側が閉じていて、左右で違う見栄えがあった。顔が見えづらいのさえ恐らく計算、そう感じさせるような効果的な見え方だった。松の葉が陽光に綺麗に発色していて、そのフォルム自体も良く、角度と形を吟味して付けたのだと気付いた。…このように、山車ならではの見せ場が非常に多く、飽きさせない一台である。
 義経の色味に明るい緑は欠かせないと思っていて、今回それが背景の波で補われたのが新しく、魅力であり見所だったと思う。





早川鮎之介 / 藤娘 【 の 組 】

光る早川名の介の字に はやる尼子の十勇士(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車の組『早川鮎之介』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

堰を止めたる 怪力無双 今に名高き 鮎之介
後の早川 流れの鮎に 孝の大力(たいりき) 世のかがみ

※南部流風流山車の『早川鮎之介』
※沼宮内稲荷神社祭典山車の組平成21年

流るる川に戸板を立てて 勇む尼子の鮎之介(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車の組『早川鮎之介』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月躍る若鮎流れを止めて 若き勇士の名を残す(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車の組『早川鮎之介』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

(所 感)

 場面をとてもよく描けている鮎之介であり、鮎が獲れたかどうかに人物の意識がちゃんと及んでいるように見える。一方の肩を後方に引いているため写真によっては拙く見えるが(本記事のものも含め)、それが実物を見た者のみへの見どころを作っていた。
 着物に新たな発想が見たかったものの、着せ方はよく吟味され、上手かった。






牛若武蔵坊 / 紅葉狩り 【 ろ 組 】

岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車(岩手県岩手郡岩手町沼宮内ろ組『五条大橋』)令和5年10月

五条大橋 主従に揺れて 出会いは牛若 武蔵坊
牛若弁慶 主従の誓い 五条の橋の 月明り

※南部流風流山車の『五条大橋』
※南部流風流山車の『紅葉狩り』

迫る笛の根月影浴びて 躍る五条の荒法師(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車ろ組『五条大橋』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月赤く染めたる戸隠山に 錦彩る夕紅葉(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車ろ組『紅葉狩り』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

(所 感)

 弁慶は顔にも体勢にも滑稽味があって、太さも十分にある。顔が見えづらくなる箇所では、大道具のゴツさがちゃんと見所になった。牛若の足さばき(見上げた時の形)もさすがであったが、顔は見返しの女形を使ったほうが滑稽味が薄まらず奏功したように思う。
 唸ったのは背景の新しさで、橋が奥に向かうにつれ遠近感を表現しつつ、見事に平面に溶けていた。






佐々木高綱 / 鯉の滝登り 【 新町組 】

佐々木高綱拝領の駒で 宇治の波間に競い合う(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車新町組『佐々木高綱』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月名馬いけずき産地を問えば 黄金花咲く南部馬場(岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車新町組『佐々木高綱』:岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

高綱・いけずき 揃いし此処に 先陣競いて 勇み立つ
宇治の川面に 先陣かけて 誉れも高き 賽(さい)備え

※南部流風流山車の『佐々木高綱』作例比較(表裏)


(所 感)

 このように高綱は、ただまっすぐ前に進む形だとすっきりする。今回いちばんの工夫と思われる旗先の飾りも、この「まっすぐ」を強調する作用が主であった。一方で、まっすぐであるがゆえに多彩な角度(と見栄え)が生まれにくく、単調な趣向にもなりうるのだとわかった。
 滝登りの鯉はとても立派で、少し窮屈に飾ったことでその大きさがよく分かった。

 新町組ではこの後、東京の「第50回日本橋・京橋まつり」出場のため表裏趣向を新作。表は自作に入ってからは初製作となる盛岡八幡町型・白塗りの『暫』・見返しは隣の川口まつり井組の定番『園井恵子(女学生姿)』で、10月29日(日)の午後に運行された。−掲載写真募集−

紅の隈取 睨みをきかせ 大太刀構えて 悪を絶つ
(見返し)世界平和の 願いを込めて 園井恵子の 夢芝居






矢の根 / 養老の滝 【 大町組 】

岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車大町組『矢の根』(岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

親の仇(あだ)討つ 覚悟の矢の根 時を見据えて 研ぎ澄ます
(見返し)孝行息子の 願いが叶い 湧き出る養老 神の酒

※沼宮内稲荷神社祭典山車大町組昭和62年・平成18年
※沼宮内稲荷神社祭典山車大町組平成26年
※志賀理和気神社祭典山車(紫波町)上組令和元年

岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車大町組『養老の滝』(岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月

(所 感)

 見返しは一番立派だったと思う。顔が上品で、体勢にも衣装にもソツがない。
 表は従来の手慣れた感じでなかったし、それが味わいとして育っていたわけでもなかった。金屏風に蝶を飛ばす派手さ、魔除けの鬼とか縁起物みたいな佇まいが見所だったのかなと、目下振り返っている途中である。






岩手町秋祭り稲荷神社祭典山車新町組『鯉の滝登り』(岩手県岩手郡岩手町沼宮内)令和5年10月
【神に供えし今日の山車】
 新町組の山車が、大町の通りの向こう側に見返しを向けて居る。いよいよ当年の山車の季節が終わる、そういう景色である。
 上がる音頭は7割がた祝い音頭で、その中に「今日の山車」との文言が聞こえた。伝統的な、あまり好きでない歌詞だが、今年は「そうか、今日の山車か…」と妙な感慨に浸ってしまった。
 実態はどうあれ、山車人形の芯は当年の稲わらで作るのだという。それを郷社の神に供え、五穀豊穣を感謝する新嘗(にいなめ)の祭り。だからここまで見てきた岩手の風流山車は、祭典後に例外無くその姿を失う。失わなければ供え物にはならない。それはこれまで当たり前に毎年訪れてきた、初秋の寂しさである。一方でそれは、例えば私の日常とあまりに乖離がある。町の日常との間にも、大きな乖離がある。こんなに手をかけカネをかけ、喜ばれ町を賑やかにした数々の山車が、今はもう姿かたちが無い。なんと理不尽、なんと非効率、なんという浪費だろう。令和の今日、このような形で祭りが続いていて良いのだろうか。いっそ作り変えるのをやめて、そのまま何年も使えばよいのではないか。
 …否、それこそが、故郷の秋祭りの一番の矜持なのだ。やはり岩手の山車は有限でなければならない。作り替えられなければならない。
 先人が幾重にも築いてきたこの浪費、幾重にも抱えてきた寂しさを心に留め、一気に寒さを増すこれから先を私も大事に生きていこう …そう思える季節が今年もちゃんと来て、そうして足早に去っていった。

※各組歴代作例


写真・文責:山屋賢一(やまや けんいち)/連絡先:sutekinaomaturi@outlook.com
岩手県岩手郡岩手町沼宮内 令和5年10月8日(日)

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