南部流風流山車行事データ


日詰の山車
山車のすれ違い(日詰商店街)
 毎年9月第1金曜日(年によっては8月31日)に紫波町桜町の志賀理和気神社(しかりわけじんじゃ 通称「赤石さん」)に奉納される上組、一番組、橋本組、下組の山車。以前は9月4日に奉納され、以降3日間に渡り町内を練り歩いた。
 長らく盛岡や一戸から人形を借りて飾る山車であったが、近年は半数以上の山車組で自前の人形が作られ、目下試行錯誤の只中である。日詰の場合、頭や手足を業者に発注せず自作している点が他の自作地域と異なる。囃子は組ごとに異なり(主に笛)、大太鼓の拍子に合わせた独特のかけ声が大変威勢よく、盛岡山車伝承域内では特に活気あふれる山車祭りといえる。
 日詰まつりは古くから夜祭りと呼ばれ、山車を伴う神輿渡御も夜間に行うなど夜の運行を佳境としている。山車の電飾も早くから手がけられ、色を入れた蛍光灯によるネオン照明が名物である。4台の山車がそろって運行するのは2日めの夜だが、祭典期間3日間はどの日の夜も日詰商店街に山車が出てにぎわう。色とりどりの夜店の暖簾が並ぶ中、見物客と山車や神輿・芸能等が同じ路面にて混然一体となり、商店街を横断する繋ぎ提灯を唐竹で払いのけて山車が引かれる姿など圧巻である。
(岩手県紫波郡紫波町日詰 JR東北本線紫波中央駅最寄)



一戸人形ならではの演題 下組『一心太助』
下 組/しもぐみ
 日詰ではもっとも早期から山車行事を慣例化したと考えられる組。もともとは「消防1分団第2部」として山車を出していた。現在まで長らく一戸の橋中組より人形・各種の造花など飾り一式を買い入れ、自前の大八車に飾っている。橋中組の山車人形は地元を含め他ではトラック台車に乗る人形だが、日詰では大八車の上で見ることができる。題材も盛岡から借り上げる他の山車には見られない変わったものが多く上がり、表は動物もの・見返しは昔話が特に人気である。見返しに酒樽を積む作法を、町内では唯一行っていない。
下組『四ツ車大八』(昭和56年)
 現在は下げ波と軒花・椛を自前で添えているが、以前は桃色や黄色の桜を作って飾ったことがある。照明は牡丹に常灯電球、松桜にはおのおの彩色した蛍光灯を備え、幻想的な演出である。これら山車の電飾については、貸出元の橋中組よりも早く始めていた。
 太鼓は小太鼓6基、大太鼓は1基を4人でたたく。いずれも締め太鼓である。囃子は歩みと早太鼓・まっちゃは3種で、撥運びに独特のタメがある。長く大太鼓のリズムに連動しない独特の笛を録音源で流していたが、現在は太鼓拍子に連動させて実際に吹くようになり、まっちゃ各種にも笛を付けた。
 【写真 平成元年『一心太助』、大久保彦左衛門と/昭和56年『四ツ車大八』、盛岡の定型と大きく異なる構想】

作法変遷・以前の状況
時 期 概 要
昭和58年より前
(山屋未見物)
以降録音源となる笛は、実際に吹かれていた時期があったらしい
昭和45年『黒田武士』、商工青年部山車として絵紙を出している
橋中組の人形は昭和23年に初めて日詰に持ち込まれたが、それが下組の山車であったかどうかは不明
平成元年頃 演題札と同じ仕様の「下組山車」「下組」の札を立てた(昭和63年〜平成3年)
自前の桜に黄色に染めたものを入れた(昭和61年〜平成元年)
赤系の桜2〜3色構成(平成2年〜平成8年)
平成6年、見返しの題を『カミナリ様』から『雷神』に変えた
笛は録音源、進行時のみでまっちゃには付けない(〜平成8年)
平成9年以降 桜が糸を軸にした枝垂れになる(平成9年〜平成19年)、自前の紙桜足し(平成15年頃まで)
平成9年、笛を実際に吹くようになる。まっちゃにも笛が付く(〜現在)




借り上げだが日詰が初出の人形 上組『ゆはずの泉』
上 組
/かみぐみ
 写真資料によれば昭和天皇大典の年に各町で祝賀を催した際、4町中唯一山車を運行した組である。もとは「消防1分団第1部」として、2部(現 下組)と交代で山車を出していた。
 趣向の完全な自作化は平成20年からだが、見返しに限ればもう少し早い。採り上げる題材は従来に無い新作が多く、『信長の敦盛』『井伊直政』『政宗と磔台』など特に戦国ものの採題センスが光る。絵紙は地元で描いた素朴な絵柄で、現在は手拭にして配っている。
上組自作の見返し『楊貴妃』
 飾り方は日詰4町のうちもっとも古風実直であり、本式南部流の紙藤を飾り続けている。盆綱は赤・白・浅葱色の布袋で覆ったものを拠り合わせて使っていた(〜平成25年)。照明は常灯豆電球を松に大量に仕込み、山車全体がキラキラとして大変綺麗である。牡丹の豆電球ももともとは常灯だったが、現在は点滅させている。他の3組に見られる蛍光灯のネオン照明を、上組だけは使っていない。
 太鼓は小太鼓6基、大太鼓は1基の3人打ちで、いずれも締め太鼓である。特に大太鼓の奏法がダイナミックで非常に見ごたえがする。囃子は長らく歩みとあげ太鼓のみだったが、完全自作以降前後に2つ・3つ・4つまっちゃを新作し、音頭前後の囃子の作法を若干変化させている。音頭の一句目と二句目の間に独特の振りがあり、組ではこれを「日詰音頭の原形」と誇りにしている。
 初日の小屋入りは著しく早い。最終日にはいったん商店街の南端まで山車を進めた後、各所で「鍛冶町さんさ踊り」他の演芸披露を行いながら4組中一番長く運行する。
 【写真 昭和63年『風流 ゆはずの泉(源義家)』、山車職による初出し趣向/平成16年『見返し 楊貴妃』、自前の見返し】

作法変遷・以前の状況
時 期 概 要
昭和58年より前
(山屋未見物)
一戸町野田組からの借り上げ(昭和40年代)
盛岡の駒木人形借り上げ(昭和50年『碇知盛』から平成6年『四ツ車大八』まで)
昭和60年代 借り入れた人形を一度バラバラに崩し、衣装をクリーニングして新たに組み直す慣例(昭和60年の『坂上田村麿』にて実見の記憶)
部品のみを借りて自前で趣向を作る(昭和62年『独眼竜政宗』、昭和63年『ゆはずの泉』など)
見返しの入れ替え(昭和61年の盛岡樋下建設『四ツ車大八/京都白河花売り娘』を翌年見返しのみ使用、など)
平成10年頃まで 紺屋町よ組など盛岡市内の伝統的な火消し組から人形を借りるようになった(平成7年『鏡獅子』はよ組衣装と駒木人形の折衷、平成11年『勧進帳』はよ組素材を上組で組む、平成12年はと組・平成13年と15年は本組より)
松に蛍光灯が入る(着色なし)、平成6年以降断続的に登場、最終年は平成13年
見返しを自作、本格化は平成10年の『鳥追い』・もしくは平成12年の『黒田武士』、以降手の込んだものが登場
平成11年、「上組」の組札を使用(〜平成15年)
平成12年、牡丹が常灯から点滅へ変化
平成15年、桜の染め方が2通りになり両側に下がる(〜平成21年)
平成17年、紅葉を飾り始める(〜現在)
まっちゃは1つで、音頭合図と停止を兼ねる。音頭・よいさよいさの後は大太鼓の一打ちで歩み太鼓へ(平成17年まで)
平成20年頃 平成18年、2つまっちゃ・3つまっちゃ新作、音頭後に3つまっちゃを使う(〜現在)
平成19年、4つまっちゃ新作(笛なし)、小屋出し移動時に使う(〜現在)
平成20年、『曽我五郎時致/化粧坂の少将』を完全自作、自前で絵紙を出すようになる(帯は他地域に似ない独特の意匠/平成25年まで)
平成22年、桜が芯染めのみの片側飾りになる→翌年からは表裏で染め分け(〜現在)
平成26年、番付を山車の絵・音頭入りの手拭いとする(〜現在)
平成26年、初日運行を神社からの戻りまでで終了し、午後7時に小屋入り(〜現在)
平成26年、盆綱が他の組と同じ荒縄となる




夜の山車(一番組『黒田武士』:盛岡観光協会借上)
一番組/いちばんぐみ

 習町組(日詰2区)・寺小路組(同3区)などが昭和40年代に合一し、盛岡馬町の山車に倣って一番組を名乗った。盛岡観光協会からの借り上げが長く、次第に人形以外は自前にし、平成18年に人形を含む完全自作を実現した。以来『新中納言知盛』『凧に乗った五右衛門』『巌流島』など珍しい題材を多く選び、演出も細かく吟味した完成度の高い趣向を多く手がけている。

山車の見返し(一番組『あめ売り』:盛岡観光協会借上)

 太鼓は小太鼓5基、大太鼓2基の2人打ちでいずれも鋲止めの宮太鼓を使う。小太鼓要員は小学1年生から募集し、日詰では最も若い層に担わせる。大太鼓は、打ち手が前後で利き手を逆にする「鏡打ち」をする。囃子は歩み、早太鼓、まっちゃ3種(あげ太鼓・とめ太鼓・やすみ太鼓)で、音頭の後で歩みを打ち始めるときは左から一人ずつ叩いていく。他の組がよくかける大太鼓に合わせた掛け声を一番組では引き子はかけず、山車の背後に続く若衆のみでかける。
 照明は借り上げ時代は非常に暗かったが、飾り物の自作に伴い明るくなり、工夫も入った(フラッシュライト・ネオン照明・下げ波ライトなど)。
 祝儀返礼の山車絵紙を日詰の山車組の中ではもっとも長く継承しており、現在は色刷りの絵紙を出している。
 【写真 平成3年『風流 黒田武士』電飾時/平成5年『見返し あめ売り』:ともに盛岡観光協会借り上げ時代】


作法変遷・以前の状況
時 期 概 要
昭和58年より前
(山屋未見物)
昭和31年、寺小路組が一戸の橋中組から『仁田四郎』を借り、自前で絵紙を出している
一戸西法寺組借り上げ(昭和48年まで)
駒木人形借り上げ(昭和55年まで)、昭和56年は新物(詳細不明)
小太鼓が二列構成であった
昭和60年代 盛岡観光協会借り上げ(昭和59年〜平成17年、昭和61年・平成10年は例外)
演題札・組札を飾りの外に立てる(一戸町の作法、昭和59年まで)
桜は縁染めを使用(〜昭和61年)
山車小屋は3区(天狗寿司裏、昭和60年まで)
電飾が他と比べ著しく乏しい、例えば牡丹に灯りを入れない(〜平成11年)
平成9年まで 平成元年に袢纏新調、歌舞伎「神明恵和合取組」の火消し袢纏を模した白黒の配色(〜現在)
桜は芯染めの片側飾り(昭和62年〜平成9年)
山車小屋、昭和62年から平成2年までは商店街上り坂の下、平成3年以降2区の現在地へ
平成17年まで 桜は芯染め・縁染め併用、両側に下げた(平成11年〜平成16年)
平成12年、飾りの花類自作、牡丹を点灯
平成13年、藤が既製品となる(紙製でないもの)
平成15年、青照明・フラッシュライト併用(〜現在)
平成17年、桜を芯染めの片側飾りとし、松を二段に付ける(〜現在)
平成17年、前年の盛岡山車の見返しが表に登場(『鞍馬山』、盛岡観光協会からの最終借り上げ年)
平成19年まで 平成18年、山車人形完全自作化、「一番組」の組札を付けなくなる
電飾は牡丹と前後の投光機
平成21年まで 平成20年、桃色・緑色のネオン照明導入
平成20年、初の女人形(『鷺娘』)
人形の顔は盛岡河北風を堅持(〜平成21年)
平成20年、手拭い番付(紫波町上平沢に発注、平成21年と計2回)
平成21年以降は見返しに酒樽(堀の井酒造)を飾らなくなった
平成28年まで 平成22年『九鬼水軍』にて、従来型とは異なる劇画風の頭を使用(〜平成28年)
平成22年、カラー絵紙開始(〜現在)
平成23年、初の表裏対応(『藤原経清/結有』)
平成25年、下げ波部分に青い電飾(〜現在)
平成26年、初の組み人形(『巌流島』)
平成28年、初の騎馬武者(『大保原』)






橋本組『楠木正行四条畷』:駒木人形新作
橋本組/はしもとぐみ
 日詰商店街からの奉納組で、写真資料によれば昭和40年に初めて橋本組を名乗ったと考えられる(それ以前は「仲町組」か)。平成22年に人形を含む完全自作化、以来製作の度に頭を新調し一から人形飾りを作っている。現状は稚拙さばかり目立つ人形だが、衣装や構図取りに見るべき部分が無くもない。
 借り上げ時期は、八戸山車・駒木人形の盛岡山車等を経て盛岡市中屋敷町の城西組から12年間山車人形を借りた。この時期に桜をふち染め・芯染め2種類で作って両側に配す形を伝えられ、一番組・上組にも伝播、盛岡で片側桜に移行した後も橋本組では2色両桜の飾り方を暫く続けた。片側飾りになった現在は、表裏で染め分けをしている。
橋本組『楠木正行四条畷』:自作6作目
 太鼓は小太鼓5基、大太鼓は2基の2人打ちで、いずれも鋲止めの宮太鼓を使っている。囃子は歩み、早太鼓、まっちゃは6種で、あげ太鼓が1つまっちゃと2つまっちゃ、3つまっちゃも後半がダブるもの含め2種類、また独自に編み出した5つまっちゃがある。音頭に先行するまっちゃは場合に応じて変えるようである。小太鼓の高音と大太鼓の低音がよく調和した華やかな囃子で、夜の商店街では一拍子ごとにたたき手が跳ね、山車が揺れながら動く。笛の旋律は町内ではもっとも盛岡に近い。
 照明は松と桜に彩色蛍光灯、牡丹には不規則に点滅する豆電球を入れる。見返しの照明軸には青い蛍光灯を仕込んで大太鼓のたたき手の白装束を照らす。
 【写真 平成元年『風流 楠木正行四條畷』山車職による新趣向/平成27年『風流 四條畷楠木正行』町内自作6作目】

作法変遷・以前の状況
時 期 概 要
昭和58年より前
(山屋未見物)
青森の八戸から『赤穂浪士討ち入り』『白虎隊』など仕掛け舞台を伴う山車を持ち込んだ、特にも昭和46年の『赤穂浪士』(現地の最優秀賞受賞作)は好評
昭和57年、駒木人形(前年の盛岡仙北駒形会)『島の為朝』を上げる。以降駒木人形山車(〜平成4年)
平成9年まで 昭和60年『唐犬権兵衛』・昭和61年『安倍貞任』・平成元年『楠木正行四条畷』・平成3年『和藤内』・平成4年『朝比奈三郎』は橋本組で初登場、ないし唯一登場の趣向
平成5年、盛岡山車推進会発注の『黒田武士/手古舞』を出し、袢纏が緑色から茶色に変わる
平成6年、見返しの照明軸にブルーライトを入れ、大太鼓の叩き手の衣装をパレード時は白にする(〜現在)
音頭の歌詞自作は平成6年頃からか
平成7年、盛岡の組から借り上げ(〜平成9年)
平成9年、演題『狐忠信』にちなみ小太鼓が紙の狐面を付ける
平成21年まで 平成10年、盛岡城西組から借り上げ開始、装飾自前化・2種類の染め方を両側に飾る(〜平成25年)
平成10年、「橋本組」の組札が消え、ネオン照明も中断(〜平成12年)
平成13年、演題『矢の根の五郎』にちなみ、大太鼓で髪飾りに小さな矢を入れる
平成16年、橋本組の組札復活・最終登場
平成22年以降 平成22年、完全自作化
平成23年、地元の歴史を採用(『樋爪五郎季衡』)
平成24年、騎馬武者初挑戦(『九戸政実』)
平成26年、初の表裏対応(『鳴神/雲の絶間姫』)、桜が片側飾りになる(〜現在)

 





日詰まつりに登場する郷土芸能(例年)
●かじ町さんさ踊り
(初日:赤石神社で奉納、最終日:商店街を巡演)
●桜町田植え踊り(初日:赤石神社で奉納)
●赤沢神楽(祭典期間:日詰商店街を門付け、初日夕方:赤石神社境内で幕神楽5〜6番)
●星山神楽(中日:神輿行列に随行、各所で披露)
●浦安の舞(初日:赤石神社で奉納、最終日:商店街で上演)


赤石神社の春、南面の桜

<詳細日程>

※詳細な山車の運行日程表を祭典本部(橋本組車庫付近)で配布しています。ご利用ください。(平成23年から)

日詰山車4組の大まかな運行場所
上 組 一番組 橋本組 下 組
宵 宮
(9月第1金)
6区(虎屋から東側へ)・赤石神社・商店街 赤石神社・寺小路・商店街 赤石神社・商店街 桜町・赤石神社・商店街
お通り
(9月第1土)
10区・七久保食堂(紫波高校付近)・鍛治町・商店街 商店街・足澤整形・ナックス・下組小屋周辺・商店街 足澤整形・ナックス・ユニバース方面・習町・商店街 桜町・8区・商店街(休憩・夕方北上)
千秋楽
(9月第1日)
寺小路・ナックス(昼間)・商店街 七久保食堂(紫波高校付近)・紫波中央駅周辺・商店街 紫波中央駅周辺・商店街東裏・商店街 赤石方面・ナックス(夕方)・商店街
夜は基本的に日詰商店街に山車が揃います


9/第一木
※自発的な前夜祭(各組車庫の前で打ち手を山車に上げ、太鼓練習総仕上げ)pm6:30〜8:30 ※下組のみ行わない
※上組・橋本組は山車の一部(人形の顔)を隠したまま、一番組は完全オープンで照明も点ける、下組は照明調整のみ

赤石神社に奉納される赤沢神楽『三番叟』
9/第一金「宵宮祭」
※奉納神楽 pm3:00 志賀理和気神社社殿にて赤沢神楽 ←年によって時刻が変わるが、ポスターに明示される
『祝詞(御神楽奏上)』『鳥舞』『翁』『三番叟』『八幡舞』『岩戸舞』『権現舞』
※祭事 pm5:00
※各組山車出発式 pm3:00前後 
各組車庫前
→山車出庫、赤石神社(志賀理和気神社)へ

→各組山車赤石神社前集結 pm4:00

赤石神社社参(上組『雨の五郎』)

・音頭奉納(各組の頭取や音頭長による音頭あげ/各組1本ずつ) pm5:30〜 赤石神社
※直後に鍛治町さんさ踊りの奉納あり
・氏子舞踊奉納(赤石神社巫女舞『浦浜の舞』・桜町田植踊) pm6:30〜 赤石神社
※山車赤石神社発  明るいうちに出発する組と、夕食後に電飾して出発する組がある
→山車4台日詰商店街自由運行、門かけ(音頭あげ)
→山車納車 pm9:00ごろ

※荒天の場合、赤石神社への社参が4組統一して中止されることがある。このような場合初日の山車の運行は無くなり、一部の組でカケスを開放し電飾された山車を披露する。

ナックス前山車揃い
9/第一土「神幸祭」
※神社御神輿渡御(赤石神社から半日かけて日詰地区全域を廻る)
→神輿発御pm1:00〜高木公民館前〜ナックスpm2:30〜紫波警察署前〜富岡鉄工所〜工藤酒店前〜フルーツたもり前pm4:00〜平六酒造店〜日詰商店街〜(国道横断)〜紫波中央駅前通〜薬師神社pm5:15〜鍛治町皇大神宮pm7:00〜神社還御pm8:00
 ※神輿行列概要
・猿田彦尊
・志賀理和気神社神旗
・南部一ノ宮幟行列
・干支杖行列
・寛永年間作の志賀理和気神社宮神輿
・白山神社赤沢権現および神楽衆打ち鳴らし
・百澤神社星山権現および神楽衆打ち鳴らし
・町内全権現頭随行・各種神器行列
・布施車
※各組山車出庫 pm1:30〜3:00(住宅地中心に町内を巡る)
※各組山車日詰商店街北上 pm6:30←(実質午後5時半には各山車とも日詰商店街にいる)
※各組山車皇大神宮前集結 pm6:45
※日詰商店街大パレード pm7:00鍛治町出発
・志賀理和気神社神輿渡御行列
・下組山車
・一番組山車
・上組山車
・橋本組山車
・桜組練り神輿
・祭興会練り神輿
※日詰商店街習町ヒノヤタクシー前にて星山神楽しんがく舞披露
※パレード解散後、山車はUターンして再び日詰商店街自由運行、納車pm9:00〜9:30
※赤沢神楽しんがく舞にて日詰商店街全戸門かけ@

最終日終盤(一番組初自作『勧進帳』)

9/第一日「奉祝大祭」
※元宮祭 am8:00
※各山車や神輿は昼12時半〜3時ごろ出庫
 桜町、オガールエリア(JR紫波中央駅周辺)、日詰商店街を運行。
※最終日の日詰商店街夜間運行はpm7:00過ぎから
→下組・一番組 pm9:00納車
※赤沢神楽しんがく舞にて日詰商店街全戸門かけA
※上組山車北上開始 pm8:00
(各種手踊り、鍛治町さんさ踊を披露しながら門かけ)〜納車pm10:00
※近年、最終日だけ山車のすれ違いで「囃子競演」を試みたり、運行のタイミングによって複数の山車を横並びにしたりするなど趣向を凝らすようになった

※橋本組車庫前囃子 pm9:15頃から
→祭典実行委員会祭典終了の挨拶
※祭典期間は午後6時半〜10時まで交通規制
→日詰商店街(御幸新道入り口から紫波橋通り交差点まで)歩行者天国



借上げ時代の絵紙(一番組『斯波詮直公』)
※山車の資料が見られる商店
〜日詰商店街には秋祭りの山車の写真や絵紙を常時展示してお客様に公開している店舗がいくつかあります。お祭り期間限定で公開しているお店もあります。

(常時展示中)
習町:松竹食堂
 平成12年からの日詰一番組の歴代記念写真を店内にパネル展示、自作後のものはスナップ写真・大判の写真も何点か飾っています。平成初期の橋本組(人形師がオリジナルで作っていた時期)の写真もあります。おすすめメニューは「ミニカツ丼とミニラーメン、800円」ほか。

小屋前記念撮影(一番組『紅葉狩』)
習町:福  龍
 昭和50年代から平成初期までの一番組記念写真を入り口に展示、現在ではなかなか目にできない写真ばかりです。おすすめメニューは「天丼、750円」ほか。


(お祭り期間限定)
習町:ごんぞうホール
 一番組山車小屋の向かい。平成21年祭典では平成以降の日詰一番組歴代絵紙を解説付きで展示、年によってはスナップ写真が展示されることも。

仲町:遠山カメラ店
 昭和38年以降の橋本組の記念写真をほぼ網羅、一部焼き増しを購入できるものもあります。例年橋本組の祭典事務所か、あるいはその隣。

※以上あくまでも例年の実績です

 

※志賀理和気神社祭典山車の歴代演題

※南部流風流山車全事例整理





橋本組・下組(富岡鉄工所前)
上組・一番組(赤石神社前)




 

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