那須與一

　小学２年生の初秋、下組の山車小屋で山車の上の那須与一（なすの　よいち）を初めて見た。矢の存在感がすごい。先端がすごく立派で、後々こういう矢は鏑矢（かぶらや）という実戦向きでない矢だと学んだ。矢の根五郎が研いでいるのも鏑矢らしいが、矢先が下を向く構図だと目立たず気付けなかった。今でも鏑矢を見せる山車といえば、やはり那須与一だなと思う。

　源平屋島の合戦の際の有名な逸話で、中学校の国語の教科書にも掲載されている。戦いに敗れ海上に引き上げた平家の船団のうち一艘に掲げられた「扇の的」、雅やかな平家の官女がそれを指差して何か言っているのを、浜に陣を張る源義経が目に留めた。あれは間違いなく「この的を射止めて見せよ。」と言っている。義経は郎党から弓の名手を集め、弱冠17歳の那須与一宗高（なすのよいち　むねたか　※表記は「宗孝」とか「宗隆」とかいろいろ）を見出した。船端の竿の上に掲げられた扇、しかも船は沖の夕波に揺られ、ふわふわと漂って狙いが定まらない。武士にとって、このような大舞台で仕損じることは死を意味する。与一は鏑矢を弓に番（つが）えて一念、「南無八幡大菩薩（なむ　はちまんだいぼさつ）」と唱えた。すると一瞬、海原が凪いで的が定まったのである。
　ひゅうっと鏑矢が鳴いて、扇の的に吸い込まれた。そのままひらひらと、要（かなめ）を射られた扇の的が波間に落ちる。義経の陣はもちろん平家の船団も与一の妙技に大喝采、これぞかりそめの、武家の世界の「風流」であった。

　扇の的には、源氏と平家のいずれに神の加護が下るかを占う意味があったといわれている。要するに屋島からの撤退で士気を失った平家が源氏の士気を萎えさせようと無理難題を吹っ掛けたのだが、与一は見事にこれを打ち破った。扇の的は、まさに平家の運命の象徴だったのである。

　那須与一は弓を使う代表的な山車演題であり、構図にどのように弓が挿入されてくるかが見所である。「弓は満月」と謡われる如く矢を番えて弓を目一杯絞っている姿が一般的だが、弓の上端が山車の上に突き出たり、矢が顔を横一字に遮ったりしてなかなか難しい。そのため矢を放ってしまった後の与一、あるいは弓を絞る前の与一を採ることも度々あり（後者が写真３）、弓を構えず単に沖を見ている馬上の与一というのもあった（写真２）。
　与一が狙っているのは扇の的であって、敵兵ではない。だから他の武者のようにただ勇ましいだけでは良くないのだという。私の初見の作（写真１）では馬すら静かに波間にたたずんでいて、躍動を主としたほかの演題の馬とは一線を画す優美な表情にも見えた。鎧姿だが兜でなく烏帽子をかぶり、若武者なので髭も無い。矢も目線も遠くを向いているように見えれば、まことに風流な那須与一になる。
　見返しには船上で扇の的を示し手招きする平家の官女 小玉虫（こたまむし）を飾り、『扇の的』と付題することが多い。背景に大きな扇を重ねて派手にしたり、逆に官女無しで船と扇だけ飾った例もあった。
　昭和期には盛岡ではめ組（および各地の指導団体）・本組、まため組の支援のもとでテレビ岩手でも出したことがある。一戸では橋中組、本組、上町組が取り上げている。平成に入ってから暫くは一戸の橋中組・沼宮内のろ組（盛岡め組作）しか作例が無かったが、20年代に入って各地で採られるようになり定番に復帰しつつある。作風の境界域に位置する二戸市の川又連合（か組）は平成以降重ねて与一の山車を出しており、船に女官を乗せて扇の的を与一と同じ舞台に盛り込むことが多かった。盛岡消友会（本組）の古い絵紙にもこのような扇の的を添えた与一の山車を描いたものがあり、同組のほか沼宮内の愛宕組でも実現例がある。二戸では両者がほぼ同じ大きさだが（川又、及び平三山車）、盛岡地方では絵紙でも実物でも一般に玉虫の人形は小さい。

　一戸の本組は大胆に人形を寄せ、飾りの下半分程度を屋島の浦波にした（平成27年：写真３）。那須与一は、海を見せる演題でもあるのだろう。

文責・写真：山屋　賢一

（ホームページ公開写真）

那須与一が　誉れの一と矢（ひとや）　扇射とめし　物語り
波間しづかに　宗高（むねたか）が　八嶋（やしま）の浦に　花と咲く
平家のさだめ　扇にかけて　小船乗り出す　屋島沖
平家軍船（ぐんせん）　扇の的に　与一宗隆（むねたか）　弓冴える
弓は満月　矢は一の字に　南無哉八幡　大菩薩
波間隔てて　馬上の与一　屋島の浦に　花と咲く
弦（つる）を放れし　鏑矢（かぶらや）は　とぶや屋嶋の　花と咲く
磯打つ波に　鏑の矢音（やおと）　扇の的は　花と散る
那須与一に　錦（にしき）の扇　射るや源氏の　勝ち軍（いくさ）
船に朝日の　扇の的に　弓は滋藤（しげとう）　矢は与一
的は玉虫　恋路にかけて　弓は与一の　鳴り鏑（なり　かぶら）
屋島の浦に　日輪（にちりん）映えて　扇に残す　矢の誉れ
屋島に馨（かお）る　源平絵巻　的の扇は　浪と散る

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