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南部流風流山車(盛岡流の人形山車)全事例

 

分布域:岩手県北部(二戸郡・九戸郡・岩手郡)、沿岸北部、県央部(紫波郡・稗貫郡)、県南部(花巻以南)

 

盛岡の山車                

盛岡市 盛岡八幡宮例大祭

 毎年9月14日に盛岡八幡宮に奉納される山車。山車行事の起源は藩政期にさかのぼるが、現在の山車のスタイルが定着したのは大正期と思われる。北は一戸町、南は石鳥谷町に及ぶ中部内陸地域の山車行事の元祖。14日の八幡下りで見せる各組200名超の山車行列は圧巻で、先頭の金棒・高張提灯と引き綱との間に装束を揃えた役員・旦那衆・笛吹がたくさん並び、1台の山車につく人数としては東北地方最多例の一つ、県都盛岡の威風を感じさせる。近年は表の飾りよりも見返しに、豪華で格調高い県都ならではの趣向が多く上がっている。
 すべての山車が連動して動くのは14日午後1時(八幡下り)と15日午後6時(大絵巻パレード)。その他、祭典期間中は朝9時から夕方6時過ぎまで山車の自由運行が市内一円で行われる。
 写真は消防十七分団青山組の山車「牢やぶりの景清」で、近年主流となりつつある両下げ桜の歌舞伎山車である。

 

     各山車組概要・日程概要

     南部山車番付掲載文面

※ 歴代演目悉皆調査

 

平成18年記録

当たり年 平成19年記録

当たり年 平成20年記録

平成21年記録

平成22年記録

当たり年 平成23年記録

平成24年記録

当たり年 平成25年記録

当たり年 平成26年記録

平成27年記録

平成28年記録

当たり年 平成29年記録

平成30年記録

令和元年記録

歴史文化館開館

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県北部(二戸郡)  1・2

一戸の山車                

二戸郡一戸町 八坂神社稲荷神社例大祭

 毎年8月最終金・土・日曜日に一戸町内を運行する野田組、西法寺組、本組、橋中組、上町組の5台の山車。町内小倉家に遺る恵比寿人形(大阪府「天神祭り」のお迎え人形)を明治後期に祭典に担ぎ出したのが山車行事の始まりといわれ、大正に入って盛岡の消防団が風流山車の作法を伝えた。かなり早い段階で盛岡の影響を離れ、本組の本多忠朝・橋中組の曲垣平九郎・野田組の日蓮上人など盛岡ではほとんど製作例の無い奇抜な演題を多く創作している。昭和40年代に行政の規制によって山車行事が途絶えかけ大八車が失われたりしたが、バイパス完成後は従来どおり5台の山車が揃い、現在は4組で大八車の山車を出している。音頭上げで太鼓をたたいたり、山車を止めるときの太鼓が独特であったり、波しぶきに金色が入るなど一戸山車ならではの作法があり、飾り方も5つの組おのおのの作法を持つ。盛岡、八戸と並んで古くから山車の貸し出しを盛んに行い、祭典終了後約1ヶ月間にわたり県内各地で一戸の山車人形が引き出されている。
 写真は本組の「遠藤盛遠」で、平家物語の一場面を飾ったこの組独特の演題。雨天につき、雨除けのビニールシートで山車を覆っている。

 

     各山車組概要・日程概要

     南部山車番付掲載文面

※ 歴代演目悉皆調査

 

当たり年 平成18年記録(夜間合同運行の様子)

当たり年 平成19年記録(車庫中の山車・付録:山車の装飾)

当たり年 平成20年記録(雨天時の山車)

当たり年 平成21年記録

平成22年記録

当たり年 平成23年記録(付録:貸出先での一戸山車)

当たり年 平成24年記録(付録:貸出先での一戸山車)

当たり年 平成25年記録

当たり年 平成26年記録(付録:貸出先での一戸山車)

平成27年記録

平成28年記録

平成29年記録

当たり年 平成30年記録

令和元年記録


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(同町内にはこの他中山・中里・小鳥谷などで山車行事が見られる。)



◎小鳥谷(こずや)まつり
祭典初日夜の囃子・音頭上げ共演


 小鳥谷八幡神社の祭典山車で、中断を経て平成20年に復活した。以前は3台の奉納があったが、現在はに組と野中若者連の2台が出ている。
 復活間も無い時期は、飾り方や囃子・装束・運行作法等が年ごとに著しい変化を見せた。音頭の作法・一戸町からの借り上げである点は二組で共通しているが、に組(町南側の仁昌寺地区)は一戸町内よりも岩手町以南の作法に年々近づいており、野中若者連(町北側)は逆に一戸地方の古い作法の復活に努めている。
 初日は前夜祭で神輿・神社行事は無く、山車の運行と郷土芸能の門付け、夜に小鳥谷駅前に山車を並べ音頭上げ・お囃子の競演をする。二日目は神輿のお通りで、小鳥谷独特のきらびやかな「お供」がこの時だけ山車の前を歩く。写真は平成26年の駅前囃子競演。

実際に見に行ってみて

 

 

県北部(二戸郡) 3 

浄法寺の山車                

二戸市(旧二戸郡浄法寺町) 神明社大祭

 9月中旬の神明社大祭にて運行される上組、仲の組、下組の山車。いずれも人形・装飾を一戸町の山車組に委託して作っている山車であり、現在上組は西法寺組(その年以外の趣向)、仲の組は上町組(その年の趣向)、下組は橋中組(その年の趣向)が担当している。丈、幅ともに一戸の山車よりも小ぶりで下げ波・軒花は付かず、人形配置も規模に合わせて改変されている。白黒の絵紙を出し、音頭は盛岡風(祝い音頭のみで、久慈の歌い方に近い)で合いの手に太鼓の乱打が入るが、金棒がこれに和す必須の役割となっている。運行の囃子は盛岡拍子の前半分のみを抜き出したような短いもので、大太鼓は3基・独特の奏法で叩かれる。山車は初日と最終日の神輿渡御還御に付いて合同運行を行い、その後音頭を上げながらゆっくり自町に帰る。各組おおむね朝の9時から夕方の5時ころまで山車を動かすようで、投光機と牡丹点灯の照明も付いている。
 写真は浄法寺まつり用に新たに作られた上組の見返し「水戸黄門」。この組では表にも裏にも大太鼓・小太鼓両方を据える。


(平成14・16・24・27年見物)

平成27年記録

二戸市内の山車行事概観

 

 

県北部(二戸郡) 4・5・6 

二戸の山車(盛岡流のものについて)

 堀野(9月第2土日運行 武内神社)の東組が一戸の西法寺組から人形を借りて山車を作っているが、囃子はおおむね岩手町以南に倣ったもので、盛岡流の山車の最北端といえなくもない。ただし台車に下げ波・軒花は付かず、掛け声や音頭は二戸地方と共通する盛岡風でない作法である。馬場・大畑の山車も笛は盛岡型に近いが、太鼓や掛け声は二戸風で囃子はすべて前に据えている。山車はいずれも昼前に出発して夕方には小屋入りするため、夜間電飾は無い。


(平成13・16・23〜年見物)

 福岡の呑香稲荷・愛宕・秋葉の三社の祭典は本来は9月3日から3日間だが、現在は9月第1金土日曜に開催されている。9台の山車のうち川又連合、在八町内会、五日町町内会の3台が自作で、このうち五日町の山車が盛岡流といわれている(もともとはどの組も盛岡型の山車を作っていたともいう)。囃子や音頭は二戸地方の他と同じで盛岡流ではないが、牡丹や人形・下げ波などはたしかに盛岡のものに近い。ただし、軒花は付かない。は組は一戸の上町組から飾り一式を借りているので外見は盛岡流だが、太鼓配置や運行作法は二戸独特のものである。
 二戸まつりの山車の見返しは大半が男人形で、表に飾っても通用するような趣向が多い。運行は祭典3日間とも正午から夕方までで、集合・解散時以外は9台合同で運行する。前夜祭では、全山車ライトアップして太鼓競演を行う。
 写真は五日町山車「九戸政實」で、地元九戸城を枕に秀吉の大軍を迎え撃った二戸地方の英雄である。


(平成11・15〜年見物)

 石切所(9月第3土日運行 枋ノ木神社)では五日町町内会の人形が2団体(中央・前田)で使われている。いずれも上記福岡での祭典の趣向を半分切り取った小型の山車である。また見返しは、金勢神を祀るのみで人形趣向を伴わない。


(平成14・27年見物)

 

※二戸まつりと二戸市内の山車行事

 

 

県北部(二戸郡) 7 

荒屋新町の山車                

八幡平市(旧二戸郡安代町) 荒屋秋葉まつり

 盆明けの土曜日(8月18日前後)に八幡平市荒屋新町(あらや しんまち)商店街界隈を運行する、荒屋新興協議会の山車。現在は盛岡観光協会からの借り上げ山車で囃子や音頭も盛岡と同じ作法だが、自前の趣向を飾った時期・人形飾りを伴わなかった時期もある。丈は一般的な盛岡山車より50センチほど低く、トラック台車に木の梶棒をくくったハンドル付きの山車である。太鼓は盆波とほぼ同じ高さに、前にせり出す形で据えられている。桜は両脇に・竹軸のものが枝軸に足されて飾られ、盆綱と藤は付かない。「五穀豊穣」「家内安全」等の札を山車の前後に掲げた年もあった。山車は昼前にコミュニティーセンターを発して神輿行列に供奉し、続いて荒屋新町駅前・国道・国道駅裏等を回り、祝儀に応じ音頭を上げる。見物年(令和元年)は午後3時過ぎに運行が終わり、程無く解体・移送用のトラックが呼ばれた。「荒屋秋葉まつり」は山車運行の前後1日・計3日間開催され、盆踊り・花火・神輿渡御が行われる。
 写真は令和元年の山車「矢の根五郎」で、同年の黒沢尻火防祭・大更八坂神社祭典にも登場した趣向である。


(令和元年見物)

 

 

県北部(九戸郡) 1 

軽米の山車                

九戸郡軽米町 八幡宮例大祭

 もとは9月15日から3日間だが、近年は敬老の日を最終日とする3日間開催である。山車6台の運行は午後2時から夜7時までで電飾を伴い、音頭上げは行列参加時に全て終え、前後の移動は足早になる。山車は神輿のお供(奉供)役なので、行列が出ない中日は山車も動かない。
 軽米には八戸・(二戸)・一戸・三戸からそれぞれ山車一式が借りられてきて一堂に会する。盛岡流の一戸の趣向は奥行きのあるトラック台車に飾られ、太鼓類はすべて表に集められ見返しは人形のみとなる。手木打ちにあたる役は無く、大太鼓が囃子を仕切る。運行時の掛け声は二戸風で音頭も二戸や九戸と同じ「沖上げ音頭」、囃子は久慈や八戸・上北町に似ていていずれも盛岡流ではない。行列の先頭には横旗が立ち、鉦摺や笛は浴衣に襷掛けで綱の前に付く。どの山車も花もらいの返礼に「本日は御祝儀を頂き誠に有難うございました」と印刷された色紙を配るが、これに山車の絵が入れる例が稀にある。

 写真は蓮台野芙蓉団の山車「和藤内」で、一戸西法寺組からの初借り上げ時。後ろには、大正団の八戸山車が全開状態で続いている。


(平成13・18・21・23・24年見物)

※実際に見に行ってみて

 

 



県北部(岩手郡) 1・2

岩手町の山車                   

岩手郡岩手町

(沼宮内 稲荷神社)

 毎年10月第1金・土・日曜日に運行される新町組、大町組、の組、愛宕組、ろ組の5台の山車、本来の祭日は10月2日。昭和50年ころまでは盛岡や一戸から人形を借りて山車を作っていたが、新町組・の組を皮切りに自前で人形を仕立てるようになり、平成10年にいたって全ての組が自作山車となった。沼宮内では、山車の囃子も飾り方も5つの組でほぼ統一されているのが特徴であり、笛や太鼓は盛岡とほぼ同じ・停止拍子もおおむね盛岡流だが、太鼓の端を打つ代わりに撥を打ち合わせる場面が見られる。飾り方は盛岡は組流を進化させた三段松・片桜で、立ち岩は岩肌を模す奔放で古風な作法である。盛岡山車の正調を見事なまでに受け継いでいるが、祝儀返礼に山車の絵紙を配る習慣だけが半数以上の組で断絶している。自由運行時は、どこからどれだけ祝儀が出たか紙に書いて山車に掲げる。初日と最終日は神輿について午後1時から合同運行を行い、中日の夜は郷土芸能の群舞を先立たせた夜間パレードを行う。
 写真は愛宕組自作開始後5作目の「連獅子」で、初の2体趣向。

 

     各山車組概要・日程概要

     長年通い詰めて感じたこと

 

当たり年 平成18年記録

当たり年 平成19年記録

平成20年記録

当たり年 平成21年記録

平成22年記録

当たり年 平成23年記録

当たり年 平成24年記録

当たり年 平成25年記録

当たり年 平成26年記録

平成27年記録

平成28年記録

当たり年 平成29年記録

当たり年 平成30年記録

当たり年 令和元年記録


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(川口 豊城稲荷神社)

 9月23日周辺に3日間運行する井組、下町山道組、み組の山車。交通事情で途絶えていたものが昭和61年に復活し、当初は台車を含めての借り上げだったが平成3年ごろから自前の山車が作られ始めた。沼宮内流の三段松飾り・片桜に立ち岩は岩肌を模す古風奔放な飾り方、高さは5メートル超の背の高い山車である。囃子や音頭はおおむね盛岡流だが、若干独特の節がある(沼宮内とも似ない)。番付はもともと3組とも絵紙だったが、近年は2組が手拭い・タオルとなった。初日と最終日は大名行列(神社の大きな祭典に領主自ら隊列を引き連れて応援した事の名残)や狐踊りを伴うお通りについて日中合同運行、中日は流し踊りを伴っての夜間パレードを行う。昼間の合同運行では、音頭上げのために山車を止める回数がほかの地域に比べて格段に多い。きちんと照明を燈すが、夜間運行日以外は夕方には小屋入りをする。
 写真はみ組「四条畷」の山車。太平記の英雄楠木正成の孝子「正行(まさつら)」を描く盛岡山車特有の演題である。

 

     各山車組概要・日程概要

 

当たり年 令和元年記録

当たり年 平成29年記録

当たり年 平成28年記録

平成27年記録

当たり年 平成26年記録

平成25年記録

当たり年 平成24年記録

平成23年記録

平成22年記録

平成19年記録

 

 

※ 岩手町内歴代山車演題

 

県北部(岩手郡) 3 

葛巻の山車                

 岩手郡葛巻町 八幡宮例大祭

 9月の第4土日に八幡宮へ奉納される下町組、浦子内組、新町組、茶屋場組の4台の山車。トラック台車に八戸の人形を上げた時期もあるが、当時も桜・藤・松・牡丹は盛岡流で一貫していたようで、現在は一戸や盛岡から借りた人形・牡丹に町内自前の松と造花を添えて飾る。桜は枝垂が多く、藤は紫・白の2色、貸出先では飾らない酒樽は葛巻では3組で上げている。囃子は各組別々で雅やかな演出のものが多く、リズムの遅い進行囃子と早い帰り囃子があり、おそらく場によって使い分けている(岩手県内では珍しい事例)。
 両日とも朝から運行が始まり、午前中は市街から遠い地域へ山車を持ち込む。祝儀返しに山車の姿を染めた手拭を渡すほか、自由運行時には山車を止めて手踊りを見せる(流行歌やモウモウ音頭など現代的なもの)。合同運行は両日午後1時半からで、神輿行列を中断して交通状況を整えてから山車が出発する。お供に歩いていたはずの山車が寄り道して余興を披露したり、山車が動き歩み太鼓が鳴ったまま音頭を上げたりというのは、交通事情から発生した葛巻独特の山車の作法である。お通り・お還りの後、初日は町西部の茶屋場方面・最終日は市街中心部を門付けし、音頭と踊りが頻繁に見られる。夜間パレードは無いが、初日夜は電飾した山車の「展示」をする。
 不作の年などは「宮祭り」と称して神輿渡御を行わず山車も製作されない。
 写真は新町組の見返し「安徳天皇」で、二位の尼に抱かれて入水する壇ノ浦の場面。桜の内側に見える黄色い花が葛巻山車独特の山吹の飾りである。

 

※実際に見に行ってみて

 

 

県北部(岩手郡) 4 

滝沢の山車                 

岩手郡滝沢村 たきざわ山車まつり

 滝沢の巣子(すご)で平成7年から「滝沢山車まつり」を開催している。期日は9月第4週末(土日2日間)で、もともと盛岡のさ組が山車や人員を繰り出して行っていたが、平成18年からは滝沢巣子地区各町内会と消防第7分団とで独自に行うようになった。

 ニュータウンの一画にお祭り広場を作って露店を並べイベントステージを設け、山車小屋と本部もここに置く。山車は両日とも朝9時前に出庫、日中いっぱい住宅街を回り、夜は電飾してさんさ踊りや神輿と共にメインストリートをパレードする(パレード以外は主に地元民向け)。ゴムタイヤの外側に大八車の絵を貼って盛岡流を模倣した小ぶりな山車だが、松から突き出した桜など飾り方は大きく、人形も年を経るごとに完成度を増しつつある。音頭の歌詞は数種自作し、絵紙はカラーで出す。囃子も音頭もさ組の作法で、地元住民から山車の引き手を公募し運行を行う「誰でも参加できる山車」としている。

 写真は初の自作山車「南部利直侯」で、地元が鷹の産地であったことにちなんだ鷹狩りの姿。盛岡流人形山車のほか、富士見西町内会によるお囃子のない創作みこし・装飾リヤカー(アニメキャラクター等をあしらったもの)も出る。


(平成13・17・18・19・21〜年見物)


[さんしゃ号および自作後の演題]
平成08:黒田武士(初運行)
平成09:鏡獅子
平成10:女暫
平成11:鏡獅子(石橋)
平成12:森蘭丸
平成13:羅生門
平成14:原 敬
平成15:原 敬
平成16:源九郎狐
平成17:助六由縁江戸桜/助六小町
平成18:南部利直候/南部火消し(さ組撤退、自作1号)
平成19:牢破り景清/ちゃぐちゃぐ娘
平成20:矢の根(矢研ぎ)/火消し小町
平成21:暫(元禄見得)/ちゃぐちゃぐ娘
平成22:助六(閉じた傘)/藤娘
平成23:碁盤忠信/さんさ娘
平成24:鏡獅子/火消し娘
平成25:牢破りの景清/ちゃぐちゃぐ娘
平成26:矢の根(立ち姿)/火消し娘
平成27:暫(元禄見得)/ちゃぐちゃぐ娘(馬コ入り)
平成28:助六(出端)/火消し娘
平成29:碁盤忠信/ちゃぐちゃぐ娘
平成30:鏡獅子(膝立ち)/火消し娘
平成30:牢破りの景清/ちゃぐちゃぐ娘

 

 

県北部(岩手郡) 5・6 

西根の山車                 

八幡平市(旧岩手郡西根町)

(大更 八坂神社)

 7月15日に大更八坂神社に奉納される、西根山車同志会の山車。現在は、飾り一式を盛岡観光協会から借り受けて作っている(近年は新出趣向も)。囃子や音頭も盛岡の状況とほぼ同じだが、音頭の歌い出し・太鼓の歩み出しに少し独自の色がある。山車は朝の8時に小屋出しをして10時前に八坂神社へ音頭奉納、以降日中いっぱい運行する(照明なし、小屋入り19時頃)。祝儀札に帯のない白黒の番付を折り目を付けずに配っている。
 写真は見返しの「三番叟」。

(平成15・17・19・26・27年見物)

※実際に見に行ってみて

 

(寺田 白坂観音)

 祭日は7月17日で、山車は前日の夜(19時半過ぎ)と当日の午前中に運行する(9時半出発、正午終了)。山車は町内をめぐって盛岡流の音頭上げをし、町内に祭りの始まりを告げる。山車が戻るころに観音堂の境内に人が集まり、鹿踊りを伴う観音像の御開帳や泣き相撲などさまざまな催しが夜半まで続く。
 山車は手製の2輪台車に盛岡風の玉桜や葉無しの布牡丹をあしらい手作りの人形を乗せた素朴なもので、欄干は牡丹の上の辺りをめぐり、背面に余地が無いため見返し人形は脇に据える。照明・音響設備を搭載し、演題札に「風流」「見返し」の表記は無い。太鼓の拍子は盛岡風だが大太鼓のリズムは独特で、鉦は小太鼓の拍子に合わせてたたく。笛の旋律も盛岡風でない。

 写真は東日本大震災の復興を願う折鶴の山車。他の年には歌舞伎の役者絵から『赤穂浪士 寺坂吉右衛門』などを作ったこともあった。

※歴代演題:(H19)寺田城主北愛一/北愛一の妻、(H20)荒木田城主南部五郎光常/光常の妻、(H21)楢山佐渡/佐渡の妻、(H22)赤穂浪士 寺坂吉右衛門/藤娘、(H23)災害復興祈願、(H24)暫、(H25)纒振り/北限の海女、(H26)ヤマトタケルノミコト/りんどう娘、(H27)八幡太郎義家、(H28)八郎太郎/国体キャラクター、(H29)恵比寿様/りんどう娘、(H30)関羽/白坂観音菩薩

(平成23年見物)

※写真帖(平成23年)

 

※以前は平舘地区にも山車行事があり、借り上げではなく自前の山車であったらしいが現在は途絶えている。八幡平市内ではこのほか旧安代町荒屋新町(上記県北二戸郡7)・旧松尾村などで山車行事が断続的に行われている。

 

 

沿岸北部(下閉伊郡) 

岩泉の山車                 

下閉伊郡岩泉町 大神宮例大祭

 9月第1土日に開催される岩泉町岩泉地区の秋祭りで、県道沿いにある大神宮の神輿渡御に太鼓屋台1台(三本松)、風流山車1台(南沢廻)が随行する。南沢廻の山車は、盛岡風の木彫り人形を使った木目込み式の大人形を飾り、牡丹、下げ波、松、桜といった南部流風流山車の要素を概して全て備えている。絵紙もやや小さな極彩色のものを配り、演題にちなんだ歌詞の音頭上げも行う。囃子は笛が独特の旋律だが、やれやれの掛け声や太鼓のリズムなどはかなり盛岡のものに近い。三本松の太鼓屋台も、お囃子は盛岡とよく似たものをはやしている。
 写真は南沢廻町内会の山車「雨の五郎の体」。

(平成16年見物)

 

     実際に見に行ってみて

 



県央部(紫波郡・稗貫郡) 1・2・3・4 

紫波町の山車                

紫波郡紫波町 

(日詰 志賀理和気神社)

 毎年9月第1金曜日に志賀理和気神社に奉納される上組、一番組、橋本組、下組の山車。以前は9月4日に奉納され、以降3日間に渡り町内を練り歩いた。山車人形を長らく盛岡や一戸から借り上げて飾ってきたが、平成18年以降は人形を含む自作を始めた組もあり、新作の演しものが多数試みられている。4つの組で囃子の構成・特に笛が異なり、大太鼓に合わせてかける独特の囃子言葉が威勢よく、全体に活気あふれる山車祭りである。

 4台そろっての運行は2日めの夜だが、祭典期間の3日間はどの日も、日詰商店街の夜間運行でにぎわう。山車の電飾は非常に明るく、松に緑色・桜にピンク色の蛍光灯を仕込んで照らすネオン照明が名物である。山車を伴う神輿渡御を夜間に行い、夜の運行を佳境とする山車まつりである。
 写真は橋本組の「安倍貞任」で、盛岡周辺の借り上げ山車を多く担っていた職人の作。盛岡での趣向をそのまま再現する場合もあったが、この作のように既存の部品で新たな演題を作ることもあった。

 

各山車組概要・日程概要

南部山車番付掲載文面

※歴代演目と日詰山車の歴史

 

 

当たり年 令和元年記録

当たり年 平成30年記録

当たり年 平成29年記録

当たり年 平成28年記録

平成27年記録

当たり年 平成26年記録

平成25年記録

当たり年 平成24年記録

平成23年記録

当たり年 平成22年記録

当たり年 平成21年記録

平成20年記録

※当たり年 平成19年記録    

当たり年 平成18年記録


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(上平沢 志和八幡宮)

 毎年9月8・9日の両日に運行される。盛岡の山車組(一番組など)から頭・手足・衣装などを借りて人形趣向を仕立て、地元で組み上げる。牡丹・桜・藤も自前で作ったものを使い、表側は松を桜の前に付け、見返しは両側に2色の桜を出す。番付は町内の染屋が仕上げた当年の山車絵の手拭である。行列の先頭には高張提灯の代わりに大きな御幣を上下に振る子供がいて、お祓いをしながら山車を進める。音頭の合いの手や大太鼓のリズムに特徴があり、笛はカセットテープに吹き込んだものを流していた(日詰の下組が平成8年まで使っていたものと同じ)が、近年似た節を自前で吹く形にした。
 写真は太平記の一場面を飾った「児島高徳」の山車で、告知のチラシには約20年前に出た同じ演題の山車の写真が使われていた。

 

     日程概要

9/7(宵宮)
pm7:00
奉納稲藤神楽 志和八幡宮神楽殿
9/8(
本祭) 主に志和町内を運行
pm1:00
志和町山車出発
pm3:10
奉納稲藤神楽 志和八幡宮神楽殿
pm4:00
奉納四ツ堰獅子踊 志和八幡宮境内 (奉納後町内門打ち)
pm6:00
奉納四ツ堰獅子踊 志和八幡宮境内

pm7:00
山車・四ツ堰獅子踊、町内夜間運行 pm7:009:00
9/9(
本祭) 主に志和町の外を運行

am10:00
志和町山車出発
am9:00
志和町山車あづま幼稚園付近運行(11:00)
am11:00
志和町山車稲藤地区運行(〜正午
)
pm1:00
志和町山車志和町・田面木(たものき)地区運行(6
00)
pm7:00
 志和町山車町内夜間運行 (
8:30)

※獅子踊り・神楽のお祭り参加は近年は無い

 

 

(大巻 堤島神社)

 毎年9月第3土日に紫波町彦部を運行、土曜は午後1時出発で夜8時解散、日曜は朝8時半出発で夜7時解散、山車小屋は畳店の敷地内におかれている。同地区の「野村胡堂あらえびす記念館」では例年この時期に「キッズフェスティバル」を開催、大巻の山車も午後3時ころ記念館敷地に入場する。山車行事は昭和60年から始まり、人形はじめ山車はすべて地元有志の手作りである。桜は花びらの数がやや少ないが赤白黄の3色で、藤とともに和紙製のものを使っている。牡丹はプラスチック製、台車は車以外は大八の部品だが、車はゴムタイヤを使っている。日詰から太鼓を借り、笛も一番組に習って近年定着させた。大太鼓の子供たちがかけている掛け声も日詰風である。歩み太鼓を中断して音頭を上げ、あげ太鼓(2つまっちゃ)は山車を止めるときに叩く。祝儀返しは堤島神社の御札と手拭で、かつては山車絵が染められていた。音頭を終えて山車が動き出すときは、爆竹を鳴らして景気付けをする。
 写真は「勧進帳」の山車を小屋納め直前に撮影したもの。運行責任者が涙を流して感謝の挨拶をしていた。

 

※備考

●神社お通りは2日目の昼3時ころ神社到着

●星山神楽は2日目の夕方(4時半ごろから)、若手の荒舞を中心に1時間半程度神社神楽殿で演舞

●あらえびす記念館キッズフェスティバルは毎年9月第3土曜日の午後1時から4時ころまで開催、郷土芸能や餅の振る舞い、昔の遊び体験などが行われる。

 

 

(十日市 土倉稲荷神社・金比羅神社)

 毎年9月第2日曜日の朝11時頃から夜8時頃まで、紫波町古館を運行する。人形は地元有志の手作りで稚拙なものだが、台車は立派なぼんぼりの付いた本式の盛岡山車大八車を使っている。人形の顔は発泡スチロール、衣装は色を付けたビニールシートなどで作る。紙の桜を山車の最上部および両側に地面をかするほど長く垂らし、牡丹は紙牡丹、両側に紅白互い違いにして飾る。夜は山車を電飾し、さらに山車の前に照明用のトラックが走る。太鼓のリズムは盛岡に似ているものの笛のメロディーは独特で、音頭上げは七・五・七・五で、ところどころ拍子が抜けている。「よいさあえ」の後半に歩み太鼓が重なるのと、合いの手以外に何人かが唱和する場面があるのが特徴で、まっちゃは無い。この囃子は矢巾駅前から伝わったものだという。
 写真は「釣鐘の景清」の山車で、盛岡の絵紙が参考にされている。祭礼終了後も1週間程度解体されずに山車が残っていたので、後日に撮影。山車小屋は十日市公民館隣・月の輪酒造前・ニュータウン内の公園など年によって場所が動いている。

 

※紫波町内各山車行事歴代演題(日詰以外)

 

 

防火パレード山車(矢巾町消防団第二分団第四部)

※紫波町の北隣にあたる紫波郡矢巾町では、8月の末の土曜に「防火パレード」が開催され、消防車と共に盛岡風の太鼓ばやしで手作り山車を引き、火の用心を唱えて廻る。人形は数年おきに作り直され、演題札は立てないが表裏に趣向を作る。牡丹や桜はいずれも簡略化されているが、盛岡山車をイメージしたような作り方であった。製作場所の矢巾駅前を午前中に出発し、隊列を組んで下北公民館9時半出発、日中いっぱい町内(下北・矢巾・南矢幅・新田)を巡って3時半ごろ解散する。−現在中断中−

 

 

県央部(紫波郡・稗貫郡) 5 

石鳥谷の山車                

花巻市(旧稗貫郡石鳥谷町) 熊野神社例大祭

 毎年9月8日に熊野神社に奉納される下組、上若連、中組、上和町組、西組の5台の山車。正式な形での盛岡山車最南端の伝承例である。染め方の違う桜を併用し両側に飾る・山車の前後に雪洞(御神灯)を付ける・立ち岩に絵を描き背景を凝って作る・菖蒲や山吹を伴う…などの特色がかつては共通して見られたが、現在は各組の個性が際立った作風に変化している。特に近年は、珍しい歌舞伎演題・見返しがよく登場する山車祭りとなった。花巻の「女祭り」に対して石鳥谷は「男祭り」との意識が強く、大太鼓のリズムに合わせて山車を激しく揺らし、「皆さん見てくれ この山車を 今年の山車は○○だ」「写真を撮るなら今のうち」「梶棒見てくれ色男 小太鼓見てくれ可愛い子」など様々に掛け声をかけて威勢よく山車を引く。すべての山車が合同で動く機会は8日午後のお通りと、最終日夜6時からの夜間パレード。
 写真は中組「毛抜」の山車。曇天のため日中に電飾している。

 

     各山車組概要・日程概要

     南部山車番付掲載文面

※ 歴代演目悉皆調査

 

当たり年 平成18年記録

平成19年記録

平成20年記録

平成21年記録

当たり年 平成22年記録

当たり年 平成23年記録

平成24年記録

当たり年 平成25年記録

当たり年 平成26年記録

平成27年記録

平成28年記録

当たり年 平成29年記録

平成30年記録

当たり年 令和元年記録


写真が欠ける場合は、更新ボタンを押してください

 

 

 

 

県央部(紫波郡・稗貫郡) 6・7 

大迫の山車                 

花巻市(旧稗貫郡大迫町)

(盆祭り「通称あんどんまつり」)
 8月14日と16日に運行される上若組(上町)・若衆組(仲町)・下若組(下町)・川若組(川原町)の4台のアンドン山車で、盛岡流の大八車の上に大きなアンドン人形を乗せて高さ5メートル超の山車を作る。骨組みを針金を使わず垂木と竹で作るので、平面と立体を混ぜ合わせたような独特の作風となり、有名な隣県のねぶたとは一線を画する大迫独特の人形灯篭である。趣向主題の他は角錐に組んだ小さなアンドンに藤の花を描いて吊るす程度で、造花は一切付かない。盛岡流の山車と同じく表と見返しがあり、演題名には表裏とも「風流」が先行する。音頭上げや囃子は盛岡流、笛の旋律だけは大迫独特で4町で共通している(組によって進行囃子に遅い、早いはある)。画題は盛岡山車に通ずる武者もの・歌舞伎ものが主だが、仏画をはじめ独自の絵柄も多い。中日に大幅改修をして、14日と16日で別々のアンドンを乗せる。中休みとなる15日に寄付集めをするが、このとき16日のアンドンの絵柄を描いた簡単な番付を祝儀札として配って回る(14日の絵柄を描いた絵紙は、基本的には無い)。
 写真は下若組による「川中島」の背面。表に謙信・裏に信玄を描いた。

 

     実際に見に行ってみて

 

 

(三社大祭)
 9月23日の愛宕神社・金比羅神社・早池峰神社の3社の秋祭りに、毎年ではないがあんどん山車組から稀に「秋山車」が出る(山車は組によっては翌24日も運行)。人形は盛岡はじめ他地域から招いたものを使い、必要に応じて松・桜・牡丹・横波などを自前で作って飾り付ける。囃子や音頭・運行の作法はあんどん山車と全く同じだが、運行コースが拡大し、行列の先頭に手古舞が付く。音頭の歌詞は上げる者(年長者中心)がそれぞれ考えて扇子にしたためるともいう。下若組の番付は山車の絵を染めた手拭で、同じ絵柄を紙に刷り出してポスターとして辻に張り出した。5メートルを超える規模の雄大な盛岡山車である。
 写真は上若組の「解脱」と下若組の「南部火消し」の交差、どちらも盛岡からの借り上げ趣向だが手が加わっている。

(平成18・19・27・29年見物)

 

※ 実際に見に行ってみて

  



県南部(花巻以南) 1 

旧東和町の山車                   

花巻市旧東和町土沢 鏑八幡神社例大祭

 9月第3週の土日、鏑八幡神社の祭典にて中下組・駅上組・鏑町の3台の山車が披露される。囃子や運行形態は盛岡山車諸派とまったく異なり、前方にヤタイ(小太鼓を乗せた手押し車)を伴い山車自体(飾り部分:地元ではダイハチと呼ぶ)に太鼓は乗せず、見返しの下や山車の側面に大太鼓(締め太鼓)を幾つか並べて歩きながら叩く。牡丹は花巻に似た紙製で松も作り物を使う組がある一方で、盛岡風の大八車を使う組もあり、人形は盛岡並みの大きさで見栄えのするものを飾っている。電飾は裸電球・豆電球を吊るしたり立てたりし、点滅はさせない。
 写真は平成21年に鏑町の山車が復活した際の見返しで、盛岡の城西組から見返し装飾の一部を借り上げて作った「鯉の滝登り」、以後も鏑町は城西組の人形を借り、あるいは着物など一部を借り一部は自作して山車を作っている。
 山車行事の詳細はこちらで。

 
土沢まつり山車 筆者見物歴
奉納年 中下組 駅上組 鏑町
平成15 児雷也/鉄腕アトム なし なし
平成16 川中島
/一寸法師と鬼
里見八犬伝芳流閣の場
(観光協会改)
/オリンピック
なし
平成17 義経一の谷
/一休さんと屏風の虎
勧進帳(観光協会改) なし
平成18 義経八艘飛び 不明 なし
平成19
/がらがらどんとトロル
四つ車大八
/東和の秋
なし
平成20 景清牢やぶり
/ぜんまいざむらい
児雷也/ポニョ なし
平成21 象に乗った山田長政
/花咲か爺さん
鬼若丸
/握り飯ごろんごろん
景清牢やぶり(城西組)
/鯉の滝登り
平成22 連獅子 不明 釣鐘の景清(わ組H19)
平成23 畠山重忠
/機動戦士ガンダム
震災復興大漁祈願
/なでしこジャパン
関羽(城西組)
/諸葛亮(城西組)
平成24 弁慶立ち往生
/ぶんぶく茶釜
佐々木高綱宇治川先陣
/パラリンピック
鳥居前 源九郎狐/藤娘
平成25 八岐大蛇
/鯉の滝上り
里見八犬伝犬村大角 白藤彦七郎(城西組)
平成26 伊達政宗
/妖怪ウォッチ
草摺引き五郎
/銀河鉄道
解脱 鐘乗り景清(城西組)
/お小姓弥生
平成27 矢の根(駆け出し)
/龍虎
鏡獅子
/注文の多い料理店
和藤内
/道成寺花笠
平成28 鞍馬山
/シンゴジラ
勧進帳(六方)
/孫悟空とお釈迦様
碁盤忠信
/双鯉滝登り(城西組)
平成29 藤原経清
/ゴジラとエヴァ
碁盤忠信
/鶴の恩返し
清正馬上虎狩(城西組)
/藤娘
平成30 雨の五郎(傘横)
/ミニオンズ
義経千本桜(鳥居前,素手)
/花咲か爺さん
紀伊國屋文左衛門
/京鹿子娘道成寺(烏帽子)
令和元 勧進帳(六方)
/ガンダム
暫(素手)
/剣舞
景清牢破り
/鷺娘(腕組み)
 
※広報・所蔵写真および平成20年展示の駅上組歴代写真には
 
「森蘭丸」「五条の橋」「釣鐘の景清」「曲垣平九郎」「早川鮎之助」
「四条畷」「風神雷神」
 
などがありました。
 

 

県南部(花巻以南) 2 

北上の山車                   

北上市黒沢尻 秋葉神社火防祭

  諏訪神社境内の黒沢尻秋葉神社の火防祭(4月最終土日)に、12区と6区が盛岡から飾り一式を借りて大八車の山車を出す。花巻まつりと同じような大人しい囃子で引き回され、引き綱の前半分には小太鼓を乗せた手押し車が付く。小太鼓は金烏帽子を着けた稚児姿、大太鼓は袢纏姿の大人が叩く。山車が止まると囃子に合わせて手古舞が踊り、12区の音頭上げには纏振りが入る。音頭とその前の上げ太鼓(笛なし)のみが盛岡と同じである。地区外の運行を終え地元に帰る時は当地独特の「帰り太鼓」を演奏し、手古舞が踊りながら先頭を歩く。絵紙は白黒で、折らずに神社の朱印を押して配る。
 毎年出す12区(諏訪町ほか)は盛岡観光協会の借り上げで、初日夜には最低限の夜間照明をかけて青柳町方面を歩く。3年1回の6区(九年橋・若宮町)は平成17年以降は城西組からの借り上げで、盛岡から台車ごと持ち込んでいた。飾り正面には三味線弾きを並べる。平成27年に台車を含め自前の山車になり若干飾り作法が変わったが、大太鼓が山車に乗る形は残した。
 写真は6区の山車で、歌舞伎十八番の「不動」。2日目午後の神輿行列に伴い全山車諏訪神社前に揃う集合時の一景。

実際に見に行ってみて

平成27年記録

平成28年記録

平成30年記録

 

(参考)北上の夏祭り「みちのく芸能まつり」について

 

県南部(花巻以南) (3) 

千厩の山車                

一関市(旧東磐井郡千厩町) 千厩夏祭り

 千厩町の夏祭り(7月最終土曜日)に、平成16年ころ1台だけ盛岡と同じ形の牡丹、藤がらみの松の飾り、表裏に人形を乗せた山車が出ていた。人形は玉眼のない木彫りのものにサインペンなどで表情を描いたもので、囃子を乗せる車を後方にパイプでつないで運行する。囃子は他団体と同様、街路放送の盆踊りに合わせて太鼓をたたくのみで、南部流の太鼓・音頭上げ等は無かった。写真は当時の「藤娘」の見返し。
−現在は様相変化−

(平成16・26年見物)

※実際に見に行ってみて

 

 



盛岡山車作法概要

 

●大八車
 盛岡山車の台車は総ヒノキもしくはケヤキ造りで、「大八車(だいはち ぐるま)」とよばれています。昔ながらの技法で一つ一つ材木を組み上げて作る大八車は盛岡山車の最も誇りとされる部分であり、盛岡の山車が初めて銀座祭りを運行した時は、浅草の神田明神・三社祭りや山王祭を支えてきた古老たちが、「まだ大八車というものが動いているのか…。」と涙を流して感激したとのこと、現在の盛岡山車の意匠そのものが享保以前の江戸の山車の姿に近いとの声もあるようです。直径1.3mの車輪を取り付けた台車の前方および後方に丸太を通し、これを「舵棒(かじぼう)」といって、強力(ごうりき)と呼ばれる屈強な若い衆が舵棒を押したり引いたりして7.8人がかりで山車を動かします。力が足りない分は舵棒の横から綱を通し、これに曳き子がついて「やれやれ遣れ遣れ」の掛け声で曳き歩くのです。車輪が回るとギイギイと大きな音が鳴りますが、盛岡地方ではこれを「車が鶴の声で鳴いている」と喜び、また大八車そのものが万年生きる亀を表すともいわれ、縁起を担いで年に一度のお祭りを祝います。現在の形では、これに飾りを配して約4.5メートルが平均的な高さとなっています。

※ 台車の変化形
 トラック等を改良した台車を利用したもの:一戸町に1例、葛巻町に2例、浄法寺町・二戸市では全てが該当
 補助付きの大八車:盛岡市数例(愛宕町み組から派生)、岩手町数例、一戸町数例



●人形

歌舞伎『車引き』の人形(石鳥谷山車)

 京人形造りの風流人形が盛岡山車の主役で、祭典のたびに新しく作りかえるものです。人形は、頭・手足のみ木彫で(主にサワラ材:ものによって手は肘まで、足は脛まで)、木材で芯(箱型の胴体に垂木を打ち付けたもの)を作り稲藁と綿で肉付けする木目込み式です。稲藁は当年のものを使い、これを山車として神様にお供えして豊年を報告する意味があるとも云われます。表に使うものは大体普通の人間の3〜4倍くらいの大きさに仕立て(面長1尺1寸・全長で7〜9尺)、原則として1ないし2体が飾られます。人形は塗り直しによって歌舞伎の頭にも武者の頭にもなり、髪には馬の尻尾の毛を使うのが伝統です。京風の風流人形で等身大を逸脱する例は全国的にも珍しく、これは盛岡地方の山車がそれだけ風流人形に重きを置いているということです。
 演目は、歌舞伎の場面をそのまま使う「歌舞伎もの」と、歴史上の名場面を山車人形の形式に当てはめる「武者もの」「裸人形」等に大別されます。山車人形全般の化粧を「くまどり」と称するように盛岡の山車は歌舞伎と深い繋がりがあり、歌舞伎ものの山車は明治・大正の頃八幡宮境内で演じられていた芝居や子供歌舞伎を移して作ったものとも、芸能の起源である天岩戸神話・祭りの始まりにちなむとの話もあります。盛岡や石鳥谷は歌舞伎演目を選ぶ組が多く、衣装の豪華さ・見得の見事さなどをどこまで真にせまって描けるかが競われます。沼宮内・一戸など県北地方に行くと武者もの・講談ものが多くなって、山車人形としての制約(人形の数が限られる点など)の下でいかに簡潔に名場面を表現するか、アイディアと工夫が見所となります。鎧兜のきらびやかさや動作の躍動ぶりにも注目が集まります。趣向には古今の偉人を顕彰する意図が込められ、中には負け戦や絶命の直前を描くような演題もあります。更新制という風流山車の潔い心意気が、滅びゆくものに美しさを見出すのかもしれません。
 見返しといって山車の裏側にも人形を飾り、こちらは等身大(面長6〜8寸)の女性の人形(主に女形の舞踊など)を飾るのが一般的ですが、地方によっては昔話や風景が作られることもあります。この見返しの人形も、他地域に比べて盛岡山車では著しい力の入れ具合が伺われます。人形を彩る飾り物は表側と同じですが、スポンサーとなっている酒造会社の菰樽が添えられることがあります。
 これら山車人形の製作・管理に当たっては長らく数名の職人が担い、後述の絵紙や音頭なども手がけ、また調髪についてもプロの髪結いさんが行っていたようです。現在はこれらを全て地元組で行う例が増えてきました。 

※これまでに出てきた主な演題※


華やかな歌舞伎2体もの『草摺引』(盛岡山車)

1、歌舞伎もの
@最古の歌舞伎演題
 「和藤内(虎退治・紅流し)」
Aよく知られた歌舞伎
 (盛作) 「」 「矢の根五郎」「勧進帳(巻物・折檻・飛び六方)」「景清」「解脱(釣鐘の景清)」 「鳴神」「楼門五三桐」 「鳥居前(源九郎狐)」 「先代萩(松前鉄之助・仁木弾正)」
 (希少)「助六」「弁天小僧」「熊谷陣屋」「狐忠信」 「逆櫓樋口」 「毛抜」 「不動」「象引」 「土蜘蛛」「関の扉(大伴黒主)
Bあまり知られていない歌舞伎
 「碁盤忠信」「雨の五郎」「毛剃」「猩々
C獅子の趣向
 「石橋(しゃっきょう)」「連獅子」「鏡獅子」「英執着獅子」「三条小鍛冶」「元禄忠臣蔵
D2体もの歌舞伎
 「車引」「対面」「草摺引」「道成寺押し戻し(竹抜五郎)」 「里見八犬伝芳流閣の場」「紅葉狩」「上意討ち」「参会名護屋」 「奥州安達原」「大物浦」「大江山酒呑童子(令和型)」「蛇柳」など


義経ものの代表格『八艘飛び』(沼宮内山車)

2、武者もの
@騎馬武者もの
 「佐々木高綱」「天慶の乱(平将門)」「巴御前」「那須与一」ほか
A義経一代記
 「天狗と牛若丸」「五条の大橋」「義経一の谷」「義経弓流し」「壇ノ浦逆櫓」「義経八艘飛び」「吉野千本桜」「高舘合戦」など
 (弁慶)「鬼若丸」「釣鐘弁慶」「勧進帳」「船弁慶」「弁慶上使」「弁慶立ち往生
 (平家物語)「遠藤盛遠」「源義平」「清盛と重盛」「源三位頼政鵺退治」「巴御前」 「熊谷次郎直実」 「那須与一」「碇知盛」など
B太平記もの
 「四条畷(楠木正行)」「村上義光(山伏・鎧)」「児島高徳」「大楠公」「新田義貞(稲村ヶ崎・藤島)」「大森彦七」「大保原(菊池武光)」
C戦国武将
 「川中島」「森蘭丸」「加藤清正(虎退治)」「日吉丸」「黒田武士」「甕割り柴田」「明智光秀」「本多忠朝」 「地震加藤
 (創作) 「真田幸村」 「坂崎出羽守」「那古野山三郎」「三好清海入道」「後藤又兵衛」「山内一豊」「厳島の戦(毛利元就)」「上杉謙信」「富士川の功名(藤吉郎初陣)」「信長桶狭間」「敦盛の舞」「安土大饗応」 「井伊直政」「本多忠勝」「中国大返し」など
D大河ドラマ等の影響
 「独眼竜政宗」「新撰組池田屋騒動」「山本勘助」「前九年の合戦」「前田利家」「直江兼続」 など
E郷土史
 「坂上田村麻呂」「安倍宗任」「安倍貞任」「八幡太郎義家」「ゆはずの泉」「藤原三代(経清・清衡・秀衡)」「九戸政実」「相馬大作」「南面の桜」
 (以降地元城主等)「南部利直(騎馬武者・大蛇退治)」「南部信直」「斯波詮直」「光武者」「川口正家」「北秀愛」「姉帯兼興」「浄法寺重安」「沼宮内常利」「大巻舘河村氏」「楢山佐渡」「南部荷姫」「むかで姫」「小瀧御前」など

3、裸人形

裸人形の山車『関口弥太郎』(一戸山車)

@豪傑・英雄譂
 「早川鮎之助」「関口弥太郎」「巌流島」など
A力士の山車
 「桂川力蔵」「四ツ車大八」「濡髪長五郎」「小野川喜三郎」
B町奴・無頼漢の山車
 「幡隋院長兵衛」「唐犬権兵衛」「釣鐘弥左衛門」「一心太助」「遠山桜」「磐梯山四郎次」など
C為朝の山車
 「山犬と為朝」「為朝公(湯上り為朝)」「嶋の為朝(弓打ち)」
D忠臣蔵
 「清水一角」
 (以下、単純に忠臣蔵演題)「大石蔵之助」「大高源吾」「堀部安兵衛(高田馬場・討ち入り)」「俵星玄蕃」
E「紀伊国屋文左衛門

4、退治もの
@「児雷也」「綱手」「大蛇丸
A夜叉退治
 「羅生門」「紅葉狩」「道成寺押し戻し」「土蜘蛛」「日本振袖始」「大江山酒呑童子」
B干支がらみ
 (鼠)「松前鉄之助
 (牛)「鬼童丸」「木曽義仲
 (虎)「和藤内」「加藤清正
 (兎)「因幡の白兎」
 (竜)「鳴神」「たつのこたろう」
 (蛇)「八岐大蛇」「山犬と為朝」「藩祖大蛇退治」
 (馬)「畠山重忠」「曲垣平九郎」、諸騎馬武者
 (猿)「岩見重太郎」
 (犬)「唐犬権兵衛」「丸橋忠弥」
 (猪)「仁田四郎忠常」「鎮西八郎為朝」
Cその他
 「俵藤太秀郷(百足退治)」「源頼光鬼退治」「坂田の公時・源頼光蜘蛛退治・若菜姫・安倍晴明(蜘蛛)」「里見八犬伝犬村大角有馬の猫騒動・鍋島騒動(猫退治)」「鬼若丸・乙若丸・滝窓志賀之助・柳川庄八・大工六三(鯉退治)」「源三位頼政鵺退治」「鍾馗(鬼退治)」など
D大道具

火消しの晴れ姿を飾る『日本銀次』(日詰山車)

 (船)「毛剃九衛門」「碇知盛」「紀伊国屋文左衛門」「藤原純友」「河野通有」「坂本龍馬」「日蓮上人」「安宅丸」「宝船」など
 (門)「朝比奈三郎」「大高源吾」「上意討ち」「羅生門(前段)」など
 (櫓)「里見八犬伝芳流閣の場」「地震加藤」「羅生門(後段)」「楼門五三桐
 (鐘)「釣鐘弁慶」「解脱」「娘道成寺」「釣鐘弥左衛門
 (火消しの山車
 「日本銀次」「野狐三次」「新門辰五郎」「纏一代」「江戸火消し」「三部勇み肌」 「南部火消し」「南部梯子乗り」「南部重直」


5、中国もの
 「司馬温公」「鍾馗」「関羽」「西遊記(孫悟空)」

6、見返し

『見返し 桃太郎侍』(沼宮内山車)

@表裏関連
 「静御前(白拍子・旅姿・鼓)」 「牛若丸」「胡蝶の精」「お小姓弥生」「揚巻」「八重垣姫」「雲の絶間姫」「錦祥女」「藤の方」 「舞鶴」「娘七種」「化粧坂の少将」「真柴久吉」「山中鹿之助」など
A歌舞伎・日本舞踊
 「藤娘」「汐汲み」「娘道成寺(笠・烏帽子・鐘)」「女暫」「滝夜叉」「手習子」「羽根の禿」「菊づくし」「元禄花見踊り」「鷺娘」「浪枕月浅妻」「お嬢吉三」「桜姫」「時雨西行江口の君」「屋敷娘」「英執着獅子」「八島官女」「俄獅子」「外郎売り」など
Bマネキン見返し
 「手古舞」「雫石あねっこ」 「りんどう娘」「りんご娘」「わんこ娘」「ふれあい娘」など
 (郷土芸能・民謡)「からめ踊り」 「さんさ踊り」「外山あね子」 「根反鹿踊り」「川口狐踊り」「大宮神楽」など
 (物売り・門付け芸)「玉屋」「飴売り」「鳥売り」「朝顔売り」「団扇売り」「春駒」「鳥追い」「吉原雀」など
C昔話
 「花咲爺」「かぐや姫(竹取物語)」「養老の滝」「一寸法師」「桃太郎」「金時(金太郎・坂田怪童丸)」「浦島太郎」「たつのこたろう」「鶴の恩返し」「ぶんぶく茶釜」など
D景勝
 「二見ヶ浦」「鶴と亀」「めでたい」「十五夜(中秋の名月)」「鯉の滝登り」「石割桜」など
E越境見返し(表と同じ趣向)
 「児島高徳」「助六」「源九郎狐」「猩々」「早川鮎之介」「雨の五郎」「黒田武士」「巴御前 」「 鬼若丸」 など

7、廃絶演題

復刻された『大鯛』の山車(沼宮内)


@館山車
A納め物
 「吊灯篭」「狛犬」「献額」など
B人物無しの趣向
 「鯛」「伊勢海老」「鰹」「章魚(タコ)」「花籠」「月兎」「だるま」など
C福神もの
 「大黒さん」「つり恵比寿」「天神」など




●装飾(造花)

真横から見た姿(日詰山車)

 盛岡山車の飾り方には定型があり、「万物の盛りの形を一堂に会す」という法則を根底に、天井には常緑の松(生木:神の降りる依り代)、松の枝には紙で作った藤の花房を絡ませ(一枝に5房で全部で30ほど:往古は蔓を付けて藤を吊るしたという)、人形の両脇には紅白の牡丹の花をいくつも咲かせます。
 牡丹は紅白の布に金型(金銀の紐の芯を抜いて針金を通し、花びら型に曲げたもの)をかがり縫いして切り抜き、大花びら6枚・中花びら3枚・小花びら3枚を組み合わせて作ります。本式では左右に25個ずつ花を付けますが、現在は平均して一台に70個ほど付いているといわれています。牡丹は山車に熨斗を付ける役目があるとも云われ、ゆえに左に白牡丹・右に赤牡丹を備え、白は銀・赤は金の水引で縁取りをします。釘がよく効くコブの木を芯にして取り付け、花の芯には豆電球を一つずつ入れて夜間照明のアクセントにします。
 松の横からは満開の桜、これはわずか3日間で終わってしまう祭りの儚さを表す飾りともいわれているものですが、5分の丸鑿で型抜きした和紙を折りたたんで染色し、10枚張り合わせて玉に作り膠で山桜に枝付けします。ひとつの山車に、およそ300〜500個ほど飾られているようです。花びらの縁を赤く染めたもの(里桜:本来は歌舞伎演題用の桜といわれる)と、芯を赤く染めたもの(山桜:本来は蓬莱山の桜として山車には山桜が適当といわれる、沼宮内では歌舞伎演題に限って使う組あり)の2種類があり、両者を併用するところもあります。枝の先には花芽(蕾、若葉)を付けて金銀の短冊を吊るした紐でくくり、光があたると神秘的な輝きを起こすように工夫します。椛が添えられることもありますが本来の定型ではなく、一戸では「夏に秋祭りをやるため、秋を醸すために使う」との説があります。
 表裏の趣向を仕切るとともに電線祓いの足場ともなる大岩(立ち岩・中岩)は蓬莱山を表し、山車の支柱(おんばしら)が中に入っています。その名の通り本来は岩を模して作られるものですが、近年は黒塗りに若干の吹きつけをした箱形のものが主流です。上部や端に岩をくっつけたり、表面に岩肌を表す線を入れる例があり、一方で浅黄色に塗ったり背景を描いたり岩としての機能を薄めている例もあります。
 人形の足元には張子の岩を飾って笹の枝をさし、水玉のついた銀色の波しぶき(波出し)と波の絵(横波・盆波)を飾ります(「荒磯仕立て」)。大八車の横には滝の絵を下げ(下げ波・滝波)、桜と同じ製法で作った大きな軒花(玉桜・大桜)を添えます。軒花は散って流れに落ちた桜をあらわす飾りであるため、桜と軒花とは同じ染め方にするのが正しい作法ともいわれます。
 盛岡山車には華やかな夜間照明を伴うものが多く、夜の山車パレードはお祭りの見所のひとつです。

※ 装飾の変化形
 ビニール製の桜:過去に一戸町で数例
 紅梅白梅:過去に一戸町で数例
 山吹:葛巻町、旧石鳥谷町
 長い波しぶき:一戸町、葛巻町



大正期の柄を遺す半纏(沼宮内山車)
●曳き子と囃子方

 山車の曳き手はみな火消し装束で、黒の股引に半纏、豆絞りを締めて襷を掛けるという格好です。もともと火消し組を母体とするこの種の山車組の心意気といわれています。山車の前には金棒曳き、通称手古舞(てこまい)と呼ばれる厚化粧に鬘の女性たちが花を添え、先導役としてひょっとこなど道化を付けるところもあります。
 山車は手木打ち(てぎうち:正式にはキガシラという)の先導で前述の強力の力を借りながら、全て人力で動かします。手木打ちは常に山車に向かい合わせになって後ろ歩きをし、お囃子の統率も行います。山車の囃子は子供達の叩く小太鼓がベースで、ててん、ててん…という2拍子を刻む歩き太鼓を5・6人の小学生でたたきます。これにあわせて、見返しに据えられた大太鼓を成人男女が4人程度でたたきます。大太鼓のリズムは盛岡山車伝承圏内ではほぼ大差なく、また、必ず大太鼓を見返し・つまり山車の裏側に据える決まりになっています。複数人で叩けるよう、叩く面は必ず真上に向けて据えています。大太鼓と同じリズムで鉦が打たれ、綱の周りや曳き子の前方では横笛を奏でます。横笛の曲は盛岡で一般型と八幡町型(八幡町、神子田町、中ノ橋)の2曲、他は殆ど一般型1曲です。県北一戸では3曲が伝わり、こちらは八幡町型が優勢(3/5)、紫波町日詰や葛巻町では組それぞれが独自の笛の旋律で、バラエティー豊かに4曲を聞き分けることが出来ます。同じ旋律でも地方によってアレンジの仕方がさまざまで、ペースの緩急を変えるだけで相当雰囲気の違う仕上がりになります。山車を止めるときには挙げ太鼓、とめ太鼓、休み太鼓の3つが単発的に演奏されます(まっちゃ)。また、進行を早めるときには歩みをリズムアップした早太鼓を演奏します。これら一般的な形に、地方によって独特の拍子が加わります。



●山車音頭と絵紙

音頭上げの様子(日詰山車)

【音頭上げ】

 山車演題の由来や無事に祭を迎えられた慶び、豊かな郷土への賛美、自分たちが如何に粋であるか…などを七・七・七・五の26文字で華麗に謳うもので、江戸の木遣節に起源があるといわれています(「松前木遣り」というのが盛岡の音頭上げにやや似ている)。特にも山車演題の由来を木遣りで謳うのは盛岡山車独特の風習で、山車の風格を大きく左右し、山車を出す団体の趣興いかんを表します。
 山車を出すための資金は、組の若衆が一軒一軒を訪ねて集めて回ります。山車を伴う花もらい(花:寄付のこと)を「本隊」、山車の運行コース以外を回る花もらいを「支隊」といい、本隊ならば山車がその家に差し掛かったときにお礼の音頭を上げ、支隊の場合は花もらいが各戸にて音頭を上げるか、お花の上がった家の前に印を描いて(白チョークで丸印に組の名前など)本隊への目印にします。音頭は白い扇をかざして上げますが、山車を伴う場合は山車の正面を向いて上げる組と、祝儀先を向いて上げる組とがあるようです。
 音頭はもともと山車を動かす合図ですが、盛岡の場合はこのように「お礼」「余興」「寿ぎ」の意味・役割が強まった形で伝わっています。社会生活の変化など諸事情により「花もらい」の伝統を改め戸口負担の寄付集めを行っている地域もありますが、盛岡・一戸・沼宮内・川口などでは住民の理解と催行側の意欲によって、希少な風習が根強く残っています。

(音頭の歌詞の一例)

(お祭りを祝う音頭) 今年は豊年 八坂の祭り 山車を引き出せ 勇ましく
(山車組を歌う音頭) 霊峰岩手を 仰ぎてかしこ 盛る青山 守る組
(祝儀返礼:お家褒め) この家(や)家柄(やから)は めでたい家柄 四つの隅から 黄金湧く
(神社を歌う音頭) 朝日輝く 熊野の祭り 商売繁盛の 守り神
(演題音頭:外見  例:「風流 矢の根五郎」) 蝶も華やか 襷は仁王 矢の根五郎の 見得のよさ
(演題音頭:内容  例:「風流 矢の根五郎」) 兄の願いを 矢の根に込めて 四方に睨みの 見得を切る

 ※演題を歌った音頭は、各演題紹介ページの後段に歴代のものを掲載しています

(納め音頭:最終日の最後に歌う)千秋楽(せんしゅうらく)には 何と言うて納む 「一番組繁盛」と 言うて納む

 

(音頭のあげ方:一般型)
 1、あげ太鼓   トトン(は) トトン(よ) トトントン(それ)ドドカカドンドドカカドンドン カカドンドン
 2、謡い出し   「よおいはええい(よお祝え)」
 3、合いの手   「やあれこりゃま(わ)のせい」
 4、枕   「やれよはえ」
 5、音頭本歌詞上の句(7・7)
 6、合いの手   「やあれこりゃま(わ)のせい」
 7、音頭本歌詞下の句(7・調子「ええい、えええい」・5・調子「ええい」)
 8、合いの手   「よーいよーい、よいさあよいさ、よーいさあ、えい」
 9、歩み太鼓

※音頭の変化形
 ・長町音頭(盛岡市三番組)…謡い出しに変化→2「いそれはそい」4「それは」となる(「獅子音頭」)
 ・紺屋町音頭(盛岡市よ組)…歩みだしの合いの手に変化→8「よーい、よ−い、よいさあヤンさ、ヤンさあえええい、よ−いはえい」
 ・旧石鳥谷町…2・4・3の順で読む(謡い出しと枕がつながる)、合いの手(3・6)に変化→「やあれこりゃわいのせい」
 ・岩手町南部(川口、沼宮内ろ組)…3.6→「やあれこりゃあのっ、せーい」、8→「よ−いよ−い、よいさあよいさ、よいさあのえーい」
 ・一戸町…合いの手部の太鼓拍子が入る(3、6→「やあれこンのっせい」、8→「よーいよーい、よいさーよいさ、よーいさあのせー」(そおれ))
 ・上平沢囃子(紫波町)…8→「よーいさ、よいさあよいさ、よーいさ、えーい」
 ・日詰ほか…8→「よおいよおおい…」となり、歩みの拍子打ちを伴う
 ・旧浄法寺町…歌い出しが「やれよはえい」になる。合いの手に太鼓の乱打等が入る。
 ・旧石鳥谷町、旧大迫町…音頭を上げるとき、山車の正面を各家々に向けて止める
 ・日詰、石鳥谷…音頭を終えて歩み太鼓に入る時に特別なリズムを叩く
 ・北上…音頭と上げ太鼓の最中に纏振りが演じられる
 ・大巻・十日市(紫波町)…音頭の中に複数で唱和する場面がある



カラー絵紙(川口山車 演題:加藤清正)
【絵紙】

 音頭上げのほかに、寄付のお礼としてその年の山車の絵が家々に配られます。これを絵紙(えがみ)ないし番付(ばんづけ)といい、大きさはB4用紙の2倍くらいで、斜め横を向いた静止した山車の絵を中央に、上に神社の名前と奉納年・月(「奉納○○神社祭典山車」「昭和○○年九月」)、左右に音頭上げの文句(右が表の演題、左は見返しの音頭か演題に絡まない音頭)、右下に演題の解説(最近取り入れるようになった)、左下に山車を出した組の名前をそれぞれ記したものです。これを8つに折って帯を付け、各家々に置いて歩きます。盛岡ではお祭りになるとたくさんの店舗にこの絵紙が張り出されますが、種類をたくさん持っている店舗ほどお祭りに協賛している証拠で、自慢になります。紙ではなく布の番付など、地域によってさまざまな作法があるので以下にまとめてみました。

布の山車絵(石鳥谷山車)

(祝儀返礼として配るもの)

◎山車の絵の手拭:旧石鳥谷町、岩手町沼宮内に2例、葛巻町、紫波町上平沢、旧大迫町

柄染めの手拭(岩手町・紫波町)

◎柄染めの手拭:紫波町に2例、岩手町に3例

◎白黒刷りの絵紙:一戸町、紫波町日詰に1例、旧浄法寺町、北上市黒沢尻、旧西根町

◎多色刷りの絵紙:盛岡市、岩手町川口2例、沼宮内に1例、滝沢村に1例、紫波町日詰に1例

◎簡単な山車の構想を描いた紙:旧大迫町(あんどん山車)

◎「この度は御祝儀を頂き…」と書かれた色紙:軽米町

※絵紙を店頭に張り出す習慣は、盛岡市・北上市黒沢尻・岩泉町で現在も見られる




●盛岡山車の「周辺」

花巻山車
 東北山車行事の重大なルーツとして「仙台祭り」というのがあるらしいことを、私は東北を飛び越えて西日本の方から教えられました。現在仙台には「青葉祭り」という山車行事がありますが、青葉祭りに出るのは人形山車ではありません。往古の仙台山車(やまほこ、という)の面影は、どうやら花巻まつりをはじめ岩手県南・宮城県北に僅かながら残っているようです。

平三山車
平下信一さん作『和藤内』(岩手県二戸市:提供写真)
 県北、二戸文化圏の山車造りをほぼ一手に担っておられる平下信一さんの作品群。盛岡山車と八戸山車(または青森南部地方の山車)の境界にあたる独特の作風であり、県境を超えて岩手・青森両県の好評を得ているものです。武者ものを中心に主なレパートリーを紹介、盛岡山車と比較検討しています。  【写真】岩手県二戸市の山車『和藤内』

囃子屋台
 岩手県内には「人形を飾る毎年更新する山車」がない地域もありますが、そうした所ではどんな山車が出ているか紹介しています。県無形文化財の日高火防祭(旧水沢市)には、豪華な装飾と華やかに着飾った少女たちに彩られた「はやし屋台」が登場します。また、当該年の前厄に当たる「厄年連」が前後に装飾トラック「花車(はなしゃ)」を伴って町中を踊って回ります。同じような踊りを伴う太鼓屋台の風習は大船渡市・陸前高田市など気仙地方にもよく見られ、3年ないし5年周期で回ってくる「式年大祭」に登場、地域住民の「晴れ舞台」となります。遠野まつりに出てくる「南部ばやし」の山車も、踊りを伴うという点ではこれらに共通しています。岩手県外、東北地方の著名な祭礼にもこのような「更新されない山車」で賑わうものがいくつかありますので、自分の目の届く範囲で紹介してみました。

七夕山車
 仙台藩領(岩手県南と宮城県)で盛んな七夕祭りのうち、山車を出して七夕を祀る風習群。岩手県南沿岸の気仙地方のみに伝承しています。衝突の衝撃を和らげるため山藤巻で台車を組む「気仙町喧嘩七夕」は約900年の伝統を持ち、古風な紙花(アザフ飾り)で山車を飾ります。原型となった今泉七夕(八日町・荒町の2基)が大正以降広く気仙地域に伝播しました。「盛町七夕」は大きな箱型あんどんの四方に武者絵を描いた山車です。このほか船に五色紙や笹竹を飾った「海上七夕」「運連」などがあります。 

八戸山車
八戸作法の『連獅子』(岩手県久慈市)
 八戸山車は、あまりに巨大化しすぎたためにかえって意味不明なものが多くなった、という弊害があるものの、山車組の多くが行ってきた周辺地域への貸し出しが「やらない繁華が無い」ほど山車行事を浸透させ、東北一の風流山車過密地帯を生み出したのです。日詰山車の語り草「人形10体回り舞台の忠臣蔵」はじめ、「かぐや姫」「天岩戸」など八戸山車にしか出せない華やかさは確実に存在します。貸し出しの際、山車を丸ごと一般道に乗せて輸送していたことが問題となり、平成15年以降は借り上げ地域(岩手では久慈市など)での山車自作の動きが活発化しています。  【写真】岩手県久慈市の山車『連獅子』

青森県南の人形山車
 東北一の山車台数を誇る青森県の山車のうち、ねぶた・八戸山車という二大体系に分類されないものを紹介しています。三戸郡の山車囃子は、神社に向かう際は三味線などで優雅に、自町内に帰る際には盛岡・八戸同様活発に…と、色彩を変えて演奏される独特のものです。野辺地の山車囃子は祇園ばやしと呼ばれ、活発なフレーズが無く終始優雅なものであり、稚児姿の少女たちが演奏します。山車人形は2〜3体が原則で、電動の仕掛けはありません。
 青森県内の山車行事にはねぶた・八戸山車を含めて賞レース制度があり、出来栄えや囃子の統率度などで最優秀賞・秀作などを決めて表彰しますが、岩手や秋田などではほとんど見られない青森独特の風習です。 

人形ねぶた『鞍馬山』(青森県五所川原市)
ネブタ
 ねぶたには、人形灯篭の「組ねぶた」と扇面図の「扇ねぶた」があります。組ねぶたには多岐にわたって様々なモチーフが取り入れられ、絵であるが故の奇抜な構想も観客を楽しませてくれます。一方の扇ねぶたは趣向の7割を「三国志」「水滸伝」に求め、幕末から100年かけて「津軽にしか無い」実に個性的な画風を蓄えました。ともに全国有数の山車人形発想の宝庫です。  【写真】青森県五所川原市のねぶた『牛若八艘飛び(鞍馬山)』

秋田・山形の山車
 東北地方日本海側の人形山車は、各々の人形に人物名の立て札をつけるなど太平洋側には無い作法を持っており、一方では歌舞伎山車の宝庫、また戦国武者演題の宝庫でもあります。角館・土崎・新庄など拠点に集中的に伝承し、同じ作法の行事が周辺域にいくつも伝わっている、ということは少ないようです。

山 笠
段天祇園山笠『長篠の戦』(福岡県)

 全国的に見ると、人形を飾る風流山車行事は北九州と北東北に集中して伝承されています。北九州では人形山車を「山笠」と呼び、東北地方のように車輪を付けて綱で引っ張るタイプと、お神輿のように担いで動かすタイプがあります。夜間は、豆電球をたくさんつけたコードを山笠の上からぐるぐる巻きにして照らします。厄病を祓う祇園社の夏祭りとして盛大に、地域に密着した形で行われる山笠祭りを、わたしは平成18年7月に3日間、北九州各地に出向いて見物してきました。東北の風流山車を考える上でのひとつの「参考」として、皆様にいずれご報告いたします。  【写真】福岡県宗像市の山笠『長篠の戦い』


文責・写真:山屋 賢一 

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