瓶割り柴田

　柴田家は織田家代々の譜代（昔から仕えてきた家来の一族）で、柴田勝家（しばた　かついえ）は織田信長に若いころから仕えた。織田の勢力が今川・齋藤・浅井らを蹴散らし全国展開の様相を見せると、勝家は羽柴秀吉・明智光秀・滝川一益ら新興気鋭の家臣団の只中に在って譜代として一定の存在感を放ち、北陸ではかの上杉謙信とも刃を交えている。本能寺の変の後は信長後継を巡って秀吉と争い（清須会議）、賤ヶ岳（しずがたけ）で敗れお市の方（おいちのかた：妻で、信長の妹）とともに自決した。
　かめ割り柴田（表記は「甕割り」と「瓶割り」の２通り）の逸話は、勝家が信長の家臣の時期・近江の長光寺城における籠城戦にて水攻めを受けた際の、機転・窮状克服・家臣鼓舞の武勇伝である。敵（六角氏）に水源を絶たれたと知った城兵たちが絶望し、戦意を失い怒号を上げる中、勝家は城に残った水瓶をすべて一つ所に集め、城兵を一堂に会した。「ここに在る水が全部だから、飽くまで飲め」という。さすがに蓄えの水すべてを一時には飲めず、水を湛えた大瓶がいくつか残った。勝家は槍の石突き（いしづき：穂先でないほうの槍の端）でこれらをすべて突き割り、残りの水を余さず城の板目に吸わせてしまう。「水に渇して死ぬか、敵に向かって死ぬか」勝家は、ぐずぐずと城に残る愚かさを態を持って示したのだ。兵らはもはや討って出る他に道は無いと覚悟を決め、死に物狂いで敵に攻めかかった。結果、劣勢を覆して見事に大敵を打ち破ることができたのである。

　柴田勝家の山車になりそうな唯一のこの場面を実際に採った始めは、一戸の上町組である。陣羽織を着て髷を結った勝家が、鉢巻を巻いて両手で槍を構えている。水瓶はその背丈に及ぶほどの大きさで後ろに据えられ、槍が貫く下方が砕けて中から無数のしぶきが飛び出ている。平成に入ってからも、この様相を最大限生かした瓶割り柴田が一戸まつり及び諸貸出先に再登場した（写真１）。
　昭和期は専ら一戸での作例のみで、平成に入ってから、盛岡の青山組が手掛けた（写真２）。これは上記一戸での作例をほぼ踏まえていない独自の発案で、安倍貞任など既存の武者演題から構想したように見える。陣羽織は着ていても髪はざんばらで、甕は腰の辺りまでの高さであり（史実を踏まえるとこれが適当）、水は水色のビニールで表現するなど現代風・個性的な演出であった。10年くらい経って岩手町や石鳥谷・東和町の土沢でもこれに沿った作例が出て定型化しつつあるが、ビニール製の水は真似ず、甕を砕かず石突きの位置から両脇に滝波を垂らす形が多い。石鳥谷の上和町組は甕を２つ作り、うち一つは半分にして勝家が踏む形とした。

　槍を両手に構えてしまう・仁王立ちである等、躍動美を出そうとすると障害の多い演題ではある。この点、青森ねぶたや新庄山車・福井の三国祭りなど他地域の作例を見ても、改善のヒントは見当たらない。熊や蟹に喩えられる荒々しい勝家の風貌が再現できれば、他とは一味違う飾り物になりそうな気はする。令和に入って一戸（小鳥谷）のに組は槍の石突を進行方向に向けた構図を試したが（写真３）、これは舞台の外に第３の甕を想定したもののように思える。関連する見返しとして、一戸の上町組・石鳥谷の上和町組・小鳥谷のに組が勝家の妻「お市の方」を上げたが、場面取りが難しく勝家の妻であった時期をなかなか描けていない。

　甕割りでない勝家の山車の作例は岩手では皆無だが、隣県では北ノ庄城の別れ（青森県三戸町：写真４）・出陣桶狭間（信長と組、秋田県角館町）・手取川の戦（上杉謙信と組、秋田県角館町）を見た。

文責・写真：山屋　賢一

（ホームページ公開写真）

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