船弁慶

　源義経が兄頼朝に厭（いと）われ都落ちにいたる際、当初は九州にて兵団を整え鎌倉に攻め上るとの目算があったのだが、西上の途で大嵐に遭い手勢のほとんどを失ったため果たせなかった。義経遭難の地を大物浦（だいもつのうら）といい、この時の嵐について或る怪談が語られている。
　というのも、義経を襲った大嵐は実は壇ノ浦合戦で敗れた平家一門の祟りであり、荒れ狂う海原に何百と平家武者の亡霊が現れ船を翻弄したのだという。とりわけ凄まじかったのは、碇担ぎの壮絶な最期を遂げた平知盛（たいらの　とももり）の怨霊であった。義経はたじろがず抜刀し応戦の構えを見せたが、傍らの弁慶は数珠を揉んで一心に祈り、霊達の心を安んじることに努めた。
　通じたのはおそらく弁慶の祈りの方であろう、やがて嵐は止み、平家武者達は逆巻く波の向こうへ去っていった。

　船弁慶（ふなべんけい）と呼ばれるこの逸話は青森の八戸や山形の新庄で古くから山車に採られ、舞台いっぱいに荒波を凝らす迫力ある出来映えのものが多い。盛岡山車エリアでは昭和30年代に一戸で『知盛の亡霊』が出ているが、これはだいぶ八戸型の趣向であり、本格的な採題は平成元年の盛岡城西組による。勧進帳そのままの山伏姿の弁慶を船に乗せ、首から大きな数珠を下げて祈る形にした。続く一戸の本組・日詰の上組（写真２）の作もおおむねこの形に添い、１体の飾りとしている。
　一戸の橋中組は「船弁慶」と題しながら舞台に弁慶を乗せず、能風の白装束で薙刀を抱えた知盛と、転覆する船を飾った。顔には青の隈取りが入り、髪はわらわでツノが生え、このツノは兜の鍬形の形になっている。一戸では船にかかった片足を見せたが、貸出先の日詰では知盛を高く据えて足は袴に隠し亡霊の感を増した（写真１）。
　『大物浦（だいもつのうら）』と題した知盛・弁慶２体の趣向も出ているが、こちらは船が無く、白装束に青い隈取の知盛が薙刀を抱えて跪くところに弁慶が数珠を掲げる構図である。歌舞伎「義経千本桜」の一場面を採ったもので、実際の舞台では知盛は血まみれだが山車人形では血の描写は省く。いずれ、船弁慶の物語性を維持しつつの山車化は、なかなかな課題のようである。

　見返しには長らく『静御前』が採られてきた。これは能の船弁慶で知盛の亡霊役となる演者が、前半で静御前を演じるところからきていると思われる。能では静と義経が別れるのは吉野山でなく、大物浦への出航の時と設定されている。

文責・写真：山屋　賢一

祓（はら）う怨霊（おんりょう）　都（みやこ）を捨てて　波越え西へ　武蔵坊
疑心暗鬼の　鎌倉どのに　追われ義経　都落ち
都を捨てて　波越え西へ　とが無きこころ　神に懸け
夢も栄華も　波間に消えて　さだめ悲しき　出会いかな
青の筋隈（すじぐま）　睨みをきかす　平知盛（たいらの　とももり）　大（だい）怨霊
碇もろとも　失（う）せたる夢を　大物浦（だいもつうら）に　果たさせ賜（たま）え
海に沈めし　無念の想い　はらう薙刀（なぎなた）　大物浦に
怨霊知盛　薙刀抱え　義経主従を　逃（のが）すまじ
怨む思いの　その薙刀を　御坊（ごぼう）弁慶　諭（さと）す数珠（じゅず）
闇夜の奇襲も　松明（たいまつ）消えて　平家最後の　夢と散る
祈る弁慶　仏の加護（かご）か　平家一族　今いずこ

※船弁慶の静御前

今宵（こよい）限りの　別れの宴（うたげ）　静御前（しずかごぜん）の　舞い姿
神懸契（かみかけ　ちぎり）　変わりも無きに　祈るは主君（きみ）の　千代の無事
慕（した）う義経　別れの辛（つら）さ　舞を愛（め）でつつ　西国（さいごく）へ

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