岩手県一関市 千厩夏祭り

 

 

夫婦岩と山車

 旧千厩町は一関と気仙との中継点に当たり、東磐井地方の中心にあたる町です。その名の通りかつては馬産地で、義経が鵯越の逆落としの時に乗っていたのは、千厩産の「太夫黒」という馬なのだとか。年季を感じさせるかつての大店が多く残り、街歩き自体がなかなか楽しいところです。
 夏祭りはもともとは8月初旬の2日間開催でしたが、現在は7月最終土曜の一日開催になりました。昭和27年ころから盛んになり、昭和48年に「千厩音頭」「千厩小唄」が出来て、この歌で踊る「千厩おどり」がお祭りの中核になりました。山車は専ら「山車・踊り競演会」のみに出るもので、町内会ごとの運行や日中の運行は無いようです。私は2日間開催の時期によく調べないで出かけ、山車には1台しか出会えなかった、という思い出があります。

 一見無駄足にも思える初めての千厩行きでしたが、七夕飾りの飾られ方について、恐らく山車と一緒に見たら気が付かなかったのではないかと思うことをいくつか目に留められたのが収穫でした。吊り七夕といえば仙台が有名ですが、夏祭りに七夕を飾るのが旧の伊達藩では昔からの習俗なのだ、ということが千厩のお祭り飾りを見て大変よく分かりました。小さな定食屋の店先、民家の軒、電柱にまで徹頭徹尾、素朴ながら華やかさのある七夕が飾られています。町内で揃いのものを吊っているところもあれば、店ごとに趣向を競っているところもあります。私自身は千厩の夏祭りに来て初めて、七夕飾りというものにどこか暖かい親しみを感じられるようになりました。

 観光課に問い合わせてみると、夏祭りに繰り出すのは太鼓屋台など囃子屋台を含めての全部で15台を少し超えるくらいということ。ただ、「期待されるような山車、そうそう、人形がついているようなものは5、6台ですが…」と意外なコメントが付いてきました。私はてっきり「伊達藩領では 山車=屋根の付いたの囃子屋台」が常識だと思っていたのですが、盛岡者と名乗らぬうちにこういうコメントがくるということは、少なくとも気仙地方では花巻以北と同じような人形山車の形が、まだまだ一般視されているということかと、驚き、そして嬉しくなりました。きっとそういう常識のもとで作られる人形山車は素晴らしいものに違いない。

花巻風の「加藤清正」

 もちろんこのサイトでは、「少数派」の人形山車について触れるわけです。といっても少し昔の写真を見ると、結構な割合で人形山車が作られていて、現在の姿だけで全てを推し量るのは少し乱暴かもしれません。ただ初見物から10年を経て見に行った平成26年には、だいぶ多くの山車が背面の飾りを太鼓を乗せる雛段に変えてしまってはいました。千厩の人形山車の多くは他地域の人形を借り上げて作ったもので、東栄町(第2-3区自治会・東栄町夏祭り実行委員会)は花巻市の吹張からいくつか人形を借り、千厩サイズに配置しなおして飾っています。立て札には花巻そのままに「風流〜の躰」と題されています。背面には館を建てただけ・岩肌に花を咲かせただけで見返しの飾りはなく、大太鼓を2基、横向きにつけてたたき手が乗りこみます。加藤清正の虎退治を出したときは、運行中に虎の唸り声をテープで流すなど工夫が光りました。
 8月初旬開催の時期は、隣県宮城の栗駒山車まつりからも千厩へ、いくつか人形が来ていました。栗駒の山車は新庄流なので横向きに飾りを作りますが、千厩ではこれを進行方向に向けて飾り、配置や人形の数も変わります。屋根がつき、太鼓類が乗り込む屋台の前の方にだけ人形を飾ったり、時には演題が変更される例もあります(栗駒では「坂上田村麻呂」であったものが、千厩では「義経と愛馬太夫黒」になったりする)。演題名には栗駒と同じように「風流」がつきます。

盛岡風の「五条の橋」

 これらの借り上げ人形の山車には見返しに当たる装飾はありませんが、地元で手作りされた人形山車には必ず見返しがあります。自作の人形山車は、あやしいものも含めれば3、4台ですが、このうち特に人形山車として見事に体裁を整えているのは2台でした。ひとつは気仙風、というかあまり他では目にしないタイプのもの、もう1つは、これが大変興味深いのですが、どう見ても盛岡の山車を真似たような外見のもの。そもそも私が千厩の山車を気にし始めたのも、とあるイベント誌で、明らかに盛岡と同じ牡丹をくっつけて歩いている千厩の山車を見たからでした。
 まず、地元風の新町地区自治会の山車ですが、これは飾り台全体が一回転できるように工夫されていて、松と牡丹は紙製・カラフルな彩りです。金銀のやや太めの波出しが付き、表札には正面背面ともテーマのみで、風流や躰の字は入れません。木の人形におそらく自前で塗りを施しているのでしょう、初めて見た年は、なかなかにきりっとした面構えの新撰組の飾り物でした。不貞浪士の刀を踏み台にして組んでいるあたり技術の高さが感じられ、照らし方もうまく、なかなか見飽きない秀作でした。背面は土方歳三が戦死する五稜郭の戦いを騎馬武者2つで描き、背景には城を(この城は、気仙広域の人形山車に見られる「やかた」の変化したものか)。10年後の平成26年は表が『桶狭間の戦い』で今川義元が槍で突かれるところ、背面は武田信玄を馬に乗せた『三方ヶ原の戦い』で、やはり見返しの方が豪華な気がします。信玄の軍配のかざしぶりが距離を置くほど効果的に見えてくるので、狙いとしては当たっています。
 もう1台は第1-2区自治会の『風流 牛若丸と弁慶』で五条の橋の場面、こちらも木の人形に多分マジックか何かで漫画風の表情を描きこんだ作品ですが、牛若の姿勢が綺麗にきまっていて衣装のセレクトも良く、構図採りは盛岡山車を彷彿とさせます。松には藤の花が絡み、布製水引縁取りの紅白牡丹が付いています。見返しは藤娘で、山車の後ろから藤娘の扮装をした手踊りが続きました。期待通りの出来とあってわずかなご祝儀を差し上げると、祝儀札として御礼のチラシを頂きました。絵の無い、山車の解説を記した紙片で、これは栗駒などで見られるものと共通します。…10年後はマネキン手作り風の『八重の桜』で見返しはねぶた絵になり、背面半分が太鼓乗りスペースになって盛岡山車の面影は無くなってしまいました。

 仁木弾正を描いた行灯・怪しげな大黒様を大きく描いて怪しげな赤ライトで照らした山車など色々な工夫を凝らされた山車が、系統をかき乱したサラダボウルのように列を作っています。夫婦岩と交通安全をテーマにしたマネキンの人形山車、不動明王を描いた側面飾りの山車、小羊幼稚園ではその名にちなんだ大きな羊の山車、携帯電話の山車もありました。太鼓車は人形山車と完全に独立したもの、人形飾りの背面を使ったもの、屋根だけをかけ叩き手は歩いて叩く腰抜けタイプ…と様々あります。独立した太鼓山車が人形山車を伴う場合は、まず人形山車が先に立ちます。表の人形の前に太鼓が来る例はありません。

気仙風の「三方ヶ原の戦い」

 千厩の山車を動かす囃子は街路放送の千厩音頭に千厩小唄、いわゆるご当地盆踊りです。人形飾りの山車の後方で太鼓車がカラオケに合わせて太鼓を叩き、さらに踊りが後に続く、というのが定番スタイルです。「なんだかなあ…」とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、私自身は結構気に入って帰って来ました。なかなかフレーズが耳に残り、割と飽きずに山車と千厩踊りを楽しめます。千厩の目抜き通りは二車線で、山車は半分ずつ町の端と端から出発し、中心市街で二列がすれ違います。この演出が山車を沢山に見せてくれ、七夕や裸電球など町の装飾も手伝って大変賑々しいとなるのです。また行列が去った後は出店にたくさん人が集まって、お祭りの熱はなかなか冷めない。昼間の各種催しも場所を2〜3ポイント同時進行させて観客を分散させているし、中身もいろいろな層にこまめに娯楽を感じさせていて、なんともここちよい雰囲気でした。全体の構成が、かなり上手く出来ているお祭りです。(平成15・16・26年見物)



【アクセス】JR大船渡線千厩駅⇒徒歩5分程度で東栄町、名物の「夫婦岩」、最繁華の本町、物産館とお祭り広場のある新町

【千厩名物】元禄時代創業の小角食堂あんかけカツ丼850円、名物らしいずんだ餅とごま大福各130円、露店で売っていたさつま揚げの炭火焼もなかなか

【郷土芸能】主に町内の小学校が取り組んでいるものを日中に披露 @小梨小学校は室根風の打ちばやし A磐清水小学校は一関風の神楽鶏舞 B清田小学校は気仙沼風の田植踊り…と、千厩を取り巻く町々の様相を感じさせる取り合わせ。また千厩小学校では50年、北上流の鬼剣舞を独自のアレンジで踊ってきた。この縁で二子鬼剣舞や岩崎鬼剣舞もたびたびゲストに呼ばれている。

【山車詳細】
(人形山車・太鼓山車・踊り)第1−2区自治会〜摩王・神ノ田〜・新町地区自治会・第2‐2区自治会〜夫婦岩〜・第2‐3区自治会東栄町夏祭り実行委員会 (絵の山車・太鼓・踊り)1−1区自治会〜愛宕〜 (仮装山車・太鼓山車・踊り)第三町内自治会〜本町組〜 (羊の山車・太鼓・踊り)小羊幼稚園父母の会 (あんどん山車・太鼓山車・踊り)岩手県立千厩病院 (太鼓山車・踊り)清田親交会・磐清水・県南広域振興局千厩行政センター・一関市役所千厩地域職員互助会 (太鼓と踊り)観客自由参加千厩地区チーム・役年会・玉の春工場
 ※集合場所への移動が午後5時ころまで、出発6時、終了8時



写真・文責:山屋 賢一


本項掲載:弥栄神社(夫婦岩)から町を望む・平成16年東栄町『加藤清正』・平成16年1−2区自治会『牛若丸と弁慶』・平成26年新町『三方ヶ原の戦い』

※岩手県南から宮城県北部にかけての山車行事

※南部流風流山車(盛岡流の山車)一覧

 

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