青森県三戸町 三戸三社大祭
三戸の山車は糠部地方では最も古い歴史を誇るといわれています。現在の形にどれだけ往時の面影が残っているかは定かではありませんが、かなり古くからこの土地の作り手達が得意としてきた趣向があります。その趣向とは、電線の無い所で山車の上部に仕掛けられた絵を描いたベニヤ板を立てて、山車を高く見せるというものです。同じような単純な仕組みで人形を手動で立てたりもしているようですが、これはいうまでもなく、のちに八戸市に取り入れられる競り上げ山車の仕掛けのルーツであり、一時平三山車にも取り入れられたほか、盛岡では里見八犬伝の鯱鉾の仕掛けにこの技法が参照されています。三戸山車のサラブレッドぶりを物語る良い痕跡といえるかもしれません。 写真・文責:山屋 賢一


まず人形ですが、たくさん人形を積み込む組(といっても5〜6体が限界)、一貫してマネキン人形を用いていますが、マネキン人形といっても、八戸で見られるような山車用に作られたもので、これに張子作りの大道具を付け足して、一つの場面を作っているタイプ。まさに「八戸山車の縮小版」であり、八戸山車が現在のような巨大化を果たす前の姿を残すものともいえます。もう1つ、いかにも手製の人形を一つだけ据えてあるタイプの人形飾りがあり、これはかなり素人色が目立つ、張子細工が基本の人形です。山車の出来の良し悪しにとてつもない差が出ているなあと感じました。非常に見ごたえがしたのは、下二日町や六日町・八日町の作品でした。(見ごたえのしなかった団体は良く覚えていません)
両者とも飾り方は共通していて、松の代わりにビニール製の紅葉や桜を山車の上部・側面に飾り、見た目は大変華やかです。松にはそれらを繋ぎとめるための脇役的な役割しか無いように感じました。側面下方には紅白の牡丹を飾り、ほかにも花菖蒲など色々な造花を飾り付けます。台車はトラックがほとんどで、2段組の欄干を作って1段目には囃し方、2段目は上に述べたような華やかな飾り…という構造になっています。1段目と2段目の比率によって山車の印象が変わってきますが、大抵は人形が乗っている2段目の方が圧倒的に広く場所を取ったつくりになっています。
囃し方は着飾った女の子で、稚児装束の女の子である場合が多く、それに伴ってお囃子も相当ペースの遅い、雅なものになっています。岩手でいうと、花巻とか水沢のようなお囃子です。撥を耳のそばに当てて狐のような仕草をしたり、雅なお囃子特有の工夫が凝らされている例もありました。また、楽器の中に三味線が加わることもあるようで、盛岡や八戸の影響は一見無いかに見えます。が、この雅なお囃子はあくまで神輿の渡御・還御行列の際のものであり、例えば行列から離れて自分たちの町内に帰るときなどは、八戸・盛岡に近いリズムのお囃子を使います。このような「兼用」は三戸郡独特で、名川や南部の山車行事にも伝わっています。神社に向かう場合は「のぼり」、自町内へ帰るときは「くだり」で、このようなシチュエーションによって囃子を区別する風習はもう少し広域の山車行事を探してみても、いくつか見つけることが出来ます。

(平成13・16年見物)
演題の記録[平成13年直接確認分]
《表》五条の橋2例(上同心町・久川町)・弁慶立往生・平将門と滝夜叉姫(下二日町)・加藤清正虎退治(八日町)・南部俵つみ・宇治川先陣・弁慶壇ノ浦(青森県立三戸高等学校)・一寸法師(元木平)・雷神菅原道真(同心町)・児雷也(六日町)
《背》一寸法師(六日町)・名月赤城山 国定忠治(久川町)・ドラえもん(元木平 ※元木平はアニメや実写ヒーロー物などの見返しを実に精巧に作る)・角兵衛獅子・錨知盛(同心町)・弁慶立往生(八日町)・浦島太郎(下二日町)・かちかち山(上同心町)