盛岡山車の演題【見返し 京鹿子娘道成寺】【風流 歌舞伎十八番の内 押戻】【風流 国姓爺竹抜五郎】
 

京鹿子娘道成寺

 



清姫の鐘入り(盛岡市や組平成8年)

 歌舞伎女形舞踊の大曲「娘道成寺(むすめ どうじょうじ)」は、紀州和歌山の寺に伝わる悲恋の物語である。
 旅の僧 安珍(あんちん)に一目惚れした庄屋の娘の清姫(きよひめ)は、想いを伝えて結婚の約束をした。安珍は帰りにまた訪ねて娶ると清姫に告げ旅立ったものの、内心乗り気でなかったために約束をたがえた。怒り悲しんだ清姫は安珍を追いかけ、それを知った安珍は日高川(ひだかがわ)を渡って逃げようと渡し船の船頭に大金を渡し、「娘が乗りたいと言っても断るように」と頼んだ。岸辺に残された清姫が悔しがって泣いていると、みるみるその体に鱗が生える。なんと清姫は執念に駆られて大蛇となって川を渡り、安珍が逃げ込んだ道成寺に迫るのである。道成寺の小僧達は釣鐘を落としてその中に安珍を隠したが、清姫は鐘にとぐろを巻いて火を吐き、安珍と鐘とともに焼け死んだ。
 舞踊の道成寺は、恋の執念に囚われ成仏できない清姫の霊が白拍子花子(しらびょうし はなこ)となって、道成寺の鐘供養(かねくよう)に現れる所から始まる。寺の謂われを知る小僧達ははじめこそ警戒するが、白拍子が様々に装束・趣向を変えながら恋の悲哀を踊る(変化舞踊)のを見て、次第に心奪われ気を許してしまう。やがて花子は鐘に上がり、鱗紋(うろこもん:三角の連なり)の着物を翻して蛇精の正体を現して幕切れとなる。

清姫の笠踊り(日詰一番組昭和61年)

 道成寺は、『藤娘』や『汐汲み』と並ぶ盛岡山車の代表的な歌舞伎見返し趣向である。背景は紅白幕を張っただけにすることもあるが、歌舞伎の舞台に似せて満開の桜を描く豪華な趣向にすることも多く、盛岡の城西組は小さな鐘を立体的に作って背景上部に貼り、変化を付けた。白拍子が最初に舞台に現れる金烏帽子・扇を手にした姿もよく出るが、採られることが多いのは、両手に赤い笠を3つずつ広げた振り出し笠の踊りである(舞台では一瞬で終わる)大迫あんどん祭りの山車でこれに『七つ笠』と題を付けたのは、なかなか粋であった。踊りの佳境とされる「恋の手習い」(手拭いを両手に広げる場面)は、石鳥谷の中組が一度作った。鐘に上がる場面の場合、足下の釣鐘は頭半分だけ作るが、なかなか大きく立派に出来る。舞台では黒か灰色の地に金の鱗紋の着物を、山車では地を赤にして華やかに演出することが多い。二戸の五日町で一度、清姫鐘入りを大人形に仕立てて見返しでなく表に上げ、鐘を伸縮させて人形を上下させたことがあった(見返しが蛇になった清姫であった)。
 他地域では主に表の演題として、人形を増やし鐘も丸ごと作って道成寺を出す。清姫は姫の姿のままもあるが、鬼女にして凄味を出す方が多い。中でも山形の新庄まつりに出た、足だけ人間で半身が龍になった清姫が着物一枚をはだけて日高川を「走る」構想は圧巻であった。鐘を焔が巡っていたり蛇の体が巻いたりしているのが面白く、物語を崩さずに作る場合は和尚や小坊主を添え、歌舞伎を意識するならば派手な押し戻し(後述)を入れたりする。また民俗芸能の世界では、山伏神楽の『鐘巻(かねまき)』が道成寺ものとして定番である。

清姫の鐘入り桜背景(沼宮内大町組平成27年)

『押し戻し』の番付(石鳥谷中組平成16年)

 道成寺の最後に、稀に姫が鐘に上がらず中に入ることがある。役者は鐘の中で化粧・扮装を変え、鐘が上がると夜叉になっている。この場面で、団十郎の押戻(おしもどし)が出る。役名は大舘左馬何某(おおだてさまごろう、おおだてさまのすけ…etc)というが、特に意味は無い。化粧蓑(けしょうみの:現代のカッパ)に竹の子笠(たけのこがさ)、高下駄(たかげた:現代の長靴)など雨の日の装束で出るが、この異様で押戻の荒武者ぶりを演出するのだという。役者の顔には矢の根(やのね)(しばらく)と似た筋隈取(すじ くまどり)が入り、着物は和藤内(わとうない)のような鋲打ちの赤の肌着のうえに紫のどてらを羽織っている。小脇に葉の付いた青竹を抱えているのが最大の特徴で、これは地中に幾重にも根を張りとても独力では抜けない大竹を軽々と引き抜き小脇にするという、押戻の豪傑ぶりを表すものである。花道にかかろうとする悪霊や妖怪(道成寺でいえば、蛇になった清姫)を退散させる役どころであり、この極く短い儀礼を通して舞台の厄災を祓い、観る者に福を招く。

『京鹿子娘道成寺押戻』(盛岡三番組平成4年)

 この押戻を、盛岡地方では主に1体飾りで山車に出す。菱皮と呼ばれるシンプルな髪型で、前髪も車鬢も無い(これも和藤内と似た髪)。構図はさまざまあるが、多くは片側に竹を抱え、空いた手で鞘に納めたまま刀を引き上げていたり、抜き身の刀を真上にかざしていたり、竹の子笠を掲げていたりする。
 このような形で山車に出始めたのは平成に入ってからで、昭和期にはたった一度、清姫(鬼)との組人形で出ただけであった。景清(かげきよ)などと同じ諸手で青竹を掲げる形であり、平成に入っての再作時は舞台の幕切れの見得を竹を使わず写し(写真)、いずれも蓑無しの押戻にした(ともに盛岡長田町三番組の山車)。押戻の題に「道成寺」と入れたのは現行では三番組だけで、対の見返しとして清姫の舞姿を採った例もあまり多くない(石鳥谷中組・一戸西法寺組くらい)。


『竹抜五郎』(大迫上若組平成27年)

 しばしば前髪や車鬢を付けた押戻(矢の根五郎に似た形)が上がることもあり、これは原典の歌舞伎にも稀に試みられる演出のようである。石鳥谷の上和町組で出た『双面道成寺(ふたおもて どうじょうじ)』はこのタイプで、押戻が金細工の入った黒い柱を諸手差しにし、柱は釣鐘と鎖で繋がっている。盛岡観光協会ではこのタイプの押戻に『竹抜五郎(たけぬき ごろう)』と題を付けた(平成11年)。これは押戻の初演時の題「国姓爺竹抜五郎」から採ったもので、体勢は押戻と大差無いが、どてらに鯉の滝登りの柄が入ったのが豪華でインパクトがあった。高下駄であることを強調し、下駄の歯は横波を遮って下まで長く伸ばした。以降に数例『竹抜五郎』と題した山車が出たが、一戸の橋中組が上記の作例をほぼ追ったのに対し、沼宮内の愛宕組は縄目のどてら・前髪無しの菱皮、つまりは笠を掲げた押戻として作っている。同町大町組の一作(平成3年)は『押戻』の題ではあったが、外見・音頭は竹抜五郎と題すに適であった。
 一般に知られる役者絵の諸肌脱ぎの竹抜き五郎は、大迫のあんどん祭りで何度か山車にされた。





文責:山屋 賢一/写真:山屋幸久・山屋賢一

(写真公開)

竹抜五郎(日詰) 押戻単 (石鳥谷) 押戻単(石鳥谷) 押戻複(一戸)

清姫笠(盛岡) 清姫笠(大迫) 清姫烏帽子(石鳥谷) 清姫鐘入(沼宮内) 清姫鐘入(二戸) 清姫笠(石鳥谷)

   本項掲示:盛岡市や組平成8年見返し(鐘入り)・日詰一番組昭和61年見返し(振り出し笠)・沼宮内大町組平成27年見返し(鐘入り、桜背景)
・石鳥谷中組平成16年番付・盛岡三番組平成4年『風流 京鹿子娘道成寺押戻』・大迫上若組平成27年
《他系統》大津絵道成寺、矢の根五郎の押戻(秋田県角館町)・鳴神に粂寺弾正の押戻(青森県八戸市)





山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
道成寺(白拍子) 日詰一番組・沼宮内愛宕組
石鳥谷上若連@AB
盛岡観光協会
盛岡城西組・日詰橋本組@
盛岡城西組
日詰橋本組A・盛岡南大通二丁目
一戸西法寺組
道成寺(振り笠) 日詰一番組(本項)
盛岡城西組・日詰橋本組・盛岡わ組
一戸西法寺組
石鳥谷中組@A
日詰上組
土沢鏑町
盛岡か組

盛岡三番組
道成寺(手習い) 石鳥谷中組
道成寺(釣鐘) 沼宮内大町組@A(本項)
盛岡や組(本項)
石鳥谷上若連
石鳥谷上和町組
石鳥谷中組
石鳥谷上若連
沼宮内大町組
押戻(組人形) 盛岡三番組(本項)
一戸西法寺組
盛岡三番組
盛岡三番組(祐二:色刷)
一戸西法寺組

(写真)
盛岡三番組(国広)
押戻(1体) 石鳥谷中組@A
沼宮内愛宕組(※題は『竹抜五郎』)
二戸市五日町(見返し)
石鳥谷西組
石鳥谷中組@(本項)A
双面道成寺 石鳥谷上和町組
竹抜五郎 盛岡観光協会
一戸橋中組
沼宮内大町組 盛岡観光協会・一戸橋中組(圭)

沼宮内大町組
ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭 道 成 寺)

安珍清姫(あんちん・きよひめ) 紀州の寺に 伝承 悲恋(ひれん)の鐘供養(かねくよう)
鐘の怨みは 数ほど知れず 安珍清姫 日高川
(ひだかがわ)
安珍清姫 日高の渡し
(わたし) 狂いし想い 燃やす焔(ほのお)
枝垂桜
(しだれざくら)の 色香も匂う 想いは積もる 道成寺
松に桜の 舞台に踊る 姿艶やか 白拍子
(しらびょうし)
恋に恨みを 数々込めて 踊る舞台の 京鹿の子
(きょうがのこ)
鐘の供養に 祈りを込めて 撞
(つ)くや撞木(しゅもく)に 秋の音
清姫艶やか 花笠踊り 想い悲しや 道成寺
踊る花笠 七つの笠に 未練
(みれん)隠した 白拍子
恋のわけ里 伏せ編み笠で 張りと意気地
(いきじ)の 花娘(はなむすめ)
執念燃やして 石段駆ける 安珍清姫 道成寺
恋に狂いし 娘の霊
(たま)が 鐘に舞い込む 白拍子
想い届かず 悲しき恋と 大蛇
(おろち)に化身(けしん)の 京鹿の子
恋に狂いし 振袖花子
(ふりそで はなこ) 入相(いりあい)鐘の 道成寺
恋の焔で 鐘焼き尽くす 娘一途
(いちず)の 道成寺
(ごう)の深さに 化身となりぬ 憂き世かなわぬ 恋の果て



(音頭 押  戻)

破邪(はじゃ)の竹持ち 剛力無双(ごうりき むそう) 迫る物の怪 押し戻し
鐘の供養を 今押し戻す 花の舞台の 大歌舞伎
家宝水破
(かほう すいは)の 鏑矢(かぶらや)いずこ 悪霊どもを 押し戻し
見得も豪奢
(ごうしゃ)に 青竹(あおだけ)抱え 花の舞台に 見得を切る
火焔筋隈
(すじぐま) 荒事(あらごと)役者 青竹担ぐ 男見得
鐘に怨みは 数々あれど 成田
(なりた)に残るや 押し戻し



(音頭 竹抜五郎)

市川三升(さんしょう) 竹抜五郎 青竹片手に 花の道
名題団十郎 待て待ァて待てと 荒武者 妖怪押し戻す
(べに)の筋隈 竹抜五郎 怨霊どもを 押し戻し
妖怪待てと 高足駄蹴込み 向かう荒武者 押し戻す
(ごう)と忠義の 朱間(あかま)の五郎 竹抜きかざす 花の道



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秋田県仙北市角館青森県八戸市
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