青森県むつ市 大湊ねぶた祭り

 

 

海上自衛隊の前ねぶた『為朝』

 青森ねぶた祭りや弘前ねぷた祭りがとても有名なので、私自身長らくねぶたは津軽独自のものと思い込んでいた。津軽以外のねぶたは全部ニセモノというか、最近始まった歴史の浅いねぶた…と思っていた。だが実態は違うようで、ねぶたのような飾り行灯はかつては津軽の外の近隣各地にあったのだという。それをめぐる人々の「熱さ」とか「売り込み意欲」が現状につながっているのだろうが、本来の素朴なねぶた行事はむしろ、あまり注目されない・観光化も津軽ほどはされていない地域に残っているのではないか。そう思って平成17年、ねぶたを見始めて4年目の夏に初めて「津軽の外のねぶた祭り」を訪ねた。

 津軽藩境を越えた南部藩領下北に脈々と受け継がれる素朴なねぶた行事がある。津軽のそれと比べれば写真やビデオ販売も無く出店も少なく、「まったくといっていいほど」観光化されていない。言い換えれば、観光客がまったく来なくても十分に成立するねぶた祭りであり、それが本来の祭りの姿なのだと当時はひどく感動した。
 大湊ねぶた祭りは平成17年で120周年を迎えた、下北地方随一のねぶた祭りである。ドドドッ、ドドドッ…と津軽よりもだいぶ素朴な囃子が、運動公園の芝生に集まったねぶたの向こうから聞こえてくる。ねぶたは夕方、4時半に運動公園に集まる。そして夕闇がだんだんと濃くなる6時半ごろ、一台ずつ町へ下っていく。その仕上がりは一つ一つ個性的で、津軽らしくない。といってもお手製の色(つまり素人くさい、下手くそだ)というわけではなくて、ほとんどのねぶたは上手で見ごたえがする。かつて勤め先の上司(青森市出身)が「昔は大湊に青森ねぶたを船で運んで使った」と話していた。ならば今の大湊ねぶたは、当時の青森ねぶたの表情を残しているのだろうか。黒石にも弘前にも無いタイプの「失われた津軽の味わい」か、はたまた大湊で「醸造された味わい」か、いずれ一つ一つをじっくり楽しみたい秀作ぞろいであった。

駅前通運行前

 狭い道を通るときは、ねぶたを横に回転させて動かす。黒石で見たような運行法である。ねぶたの背面に送り絵を描いている例は数例しかなく、おのおのの団体に工夫が見られる。たとえば青森ねぶたではおなじみの「水滸伝武松の虎退治」が出ていたが、後ろは楕円形のキャンバスで虎の絵が描いてあった。「車引き」のねぶたの背面は、源氏車の左右から松桜がかかるデザインであった。「釈迦涅槃(ねはん)」というねぶたは、表の人形はなじみの無い合戦模様のようなデザインで、裏側に寝大仏が描いてある。絵であっても、津軽のように枠を作って描いているのではなく、非常に奔放なキャンバスに描かれているのが独特であった。

 大湊ねぶたの台車はトラックで、上にねぶたを乗せてその下に提灯を吊るす。結構な横幅だが、非常にバランスよく仕上がっている。基本的に3体で構図を作り、おのおのの距離感にも気配りを感じる。車引きの3兄弟はそれぞれの表情に味わいがあり、彩りも美しく歌舞伎ものの本領を発揮していた。津軽では、ねぶた師の解釈を交えずに作られる歌舞伎ものは暫ぐらいしか無く、着物の色合いすら作り手の創意に委ねられているが、大湊大平町の着物の彩を歌舞伎のままに生かした「車引き」は、歌舞伎の美意識と彩色行灯の美意識が見事に調和した鮮やかで美しいねぶたであった。大きな朱塗りの仁王が印象的な「花和尚」のねぶたは面白い構図である。戦国ものが得意で当年は維新の戦「蠣崎の乱」を作ったねぶた組、連獅子のような赤毛のついた兜で躍動的に馬を繰る武者の表情にも、この地域独特の風合いを見た。
 プロの域を感じたのは「勢田の唐橋」「釈迦涅槃」の2作で、いずれも大湊ならではの上手さなのだと思う。とにかく全てのねぶたが違う表情であり、それでいてほとんど稚拙さを感じない。津軽から車を長時間走らせてでも見る価値のあるねぶたであった。

 合同運行は途中休憩を交えながら展開され、駅前通に差し掛かるころになると隊列も整い、ねぶた行列の先頭を手踊りの集団が歩く。私の言い方だと”婦人会テープ音源手踊り”で、本ねぶたに先行する前ねぶたの多くが、踊りの音源を流すためのスピーカーを仕込んでいる。郷土芸能愛好者の「下北の手踊り!」との期待は裏切られるが、まあそういったことも楽しい。

 2方向から下ってきたねぶたが合流し、いよいよ駅前通に並んだ…というあたりで大湊を出発した。もしかしたらこれから佳境、という瞬間を見逃してしまったかもしれない。遠路の祭り見物には何かと後悔が付き物だ。帰る道すがら、最後尾のねぶたの囃子が前述の素朴なものから青森に近似したものに変わったような気がする。この時の後ろ髪惹かれる想いが、また自分を大湊に連れて行ってくれるような気がしてならない。

(平成17年見物)
※お詫び:見物当時の多々不遜な表現を含む文面を長らく公開し続けておりました。申し訳ありません





〜実見した大湊のねぶたで記憶に残った作品〜

●水滸伝 行者武松の虎退治 
◎◎菅原伝授手習鑑 車引き
●蠣崎の乱
●水滸伝 花和尚仁王像を壊す
●須佐之男尊
●出会い(五条の橋)
●児雷也
◎釈迦涅槃
◎御伽草子 勢田の唐橋(俵藤太と乙姫)

写真・文責:山屋 賢一

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