盛岡山車の演題【風流 西塔鬼若丸】
 

鯉の山車(鬼若丸ほか)

 



鬼若丸定型(沼宮内新町組平成25年)

 鯉は池の中で泳いでいる分にはのどかな魚だが、えさを池に撒いたとたん争ってこれに群がり、すさまじい勢いで食べ始める。そういう様子を見ると、水の中の生き物で最も化け物になりやすいのは鯉、という昔の人の発想がよくわかる。中国では鯉は滝をさかのぼって龍に生まれ変わると信じられ、日本人は鯉を捉える童子の姿に立身出世の願いを込めた。

表裏の境を横断する鯉(一戸上町組平成17年)

 比叡山延暦寺(ひえいざん えんりゃくじ)の稚児(ちご)の中に鬼若(おにわか)という乱暴者がいて、いつも他の稚児達から仲間はずれにされては暴れていた。和尚さまもあきれてほったらかしていたこの乱暴ものであるが、実はすごく優しい心をもっていて、日ごろから付近の民を悩ませる暴れ鯉のいる池に単身乗り込み、格闘の末見事しとめる偉業をなして人びとを喜ばせたりもした。が、この稚児のそういった機転であるとか勇猛さであるとかは長く比叡で認められることなく、後に武蔵坊弁慶(むさしぼう べんけい)として義経に仕えて大活躍しようなどとは、誰も夢にも思わなかった。

 盛岡周辺で作られる鬼若丸(おにわかまる)の山車は、晴れ着姿の少年が張子作りの大きな鯉と戦う場面を作ったものである。鬼若は晴れ着の片袖を抜いていて、構えは細かく見れば様々だが、おおざっぱに言えば短刀(たんとう)を手にした片手を振り上げて鯉に立ち向かう型である。鯉に乗りかかる格好のものが大多数で、特に近年は、鬼若が地に足を着かずダイナミックに飛び上がっている演出が多い。大正時代には完全に鯉に跨った姿で作られたこともあり、川口で出た鯉の真上にいる鬼若丸はこの発想に近い。一戸では単にざんばらの髪型で出すが、沼宮内以南ではきちんと稚児の髪に結って作る。

『乙若丸』沼宮内の組昭和62年

 鯉の多くは頭を下にした下り鯉に作られ、色は黒が多いが、変化を付けて上り鯉・赤い鯉・白い鯉・青い鯉・錦鯉などが凝らされたこともあった。鱗は一枚一枚紙で作って体に貼り付ける。飾りの表裏を分ける中岩を取り払って鯉の半身を見返し側に通すような試みも以前は多く為されたらしく、平成に入ってからは一戸で鯉を上に配してこの趣向が採られ、観衆を圧倒した。
 盛岡では一番組・本組・と組・観光協会が採題、一戸では本組と上町組が出しており、沼宮内では野口町のの組が得意の題として表裏に度々使っている。

『見返し 乙若丸』日詰下組昭和63年

 鯉と若者が戦う構図は、鬼若丸の他にもいくつかある。特に『乙若丸(おとわかまる)』は、鬼若丸と全く同じ構図を清和源氏の御曹司の武勇伝として描いたものであり、盛岡では戦後に仙若・よ組など数組、一戸では橋中組が見返しに、沼宮内ではの組が表で出している。音頭を見ると単なる誤植とも思えず、一戸では「農業に関わる伝説」との話があって鬼若とは別物としていたようである。祝い事にふさわしくない鬼若の「鬼」の字を避けたいが故の一策であるようにも思えるが、如何であろう。

『滝窓志賀之助』岩手県二戸市

 『滝窓(滝間戸)志賀之助(たきまどの しかのすけ)』は、「鯉つかみ」という歌舞伎に登場する若者で、人(志賀之助自身だったり、相手の姫だったり)に化けていた鯉の妖怪と格闘する。実際に水の中に入って格闘を演じる大変見応えのする趣向で、最近はアメリカのラスベガスでも上演された。
 盛岡や一戸では涼やかな浴衣姿・裸人形で志賀之助を山車に仕立てる。鯉は鬼若や乙若では頭を下へ向けることが多いが、志賀之助の場合は上に向けられる。鯉を半身だけにして、その分大きく作った例がある。由来はあまり知られず「鬼若丸」との混同も見られたようで、富沢茂氏の手になる登り鯉にざんばら若衆の絵番付は『柳川庄八』『西塔鬼若丸』そして『滝間戸の志賀之助』と、異なる3つの題がついた(一戸町)。歌舞伎山車に定評のある二戸の五日町では、歌舞伎に依拠した中国風の派手な衣装で志賀之助を作っている。
 大迫のあんどん山車に登場歴のあった『大工六三(ろくざ)』も、同様に「鯉つかみ」と称される歌舞伎からの取材のようである。

『見返し 坂田怪童丸』紫波町日詰橋本組平成29年

 鯉の登場する山車にはほかに、『鯉と音吉』(戦前期盛岡)、『柳川庄八時貞(やながわしょうはち ときさだ)』、見返し用の『鯉太郎』(盛岡城西組、由来不明)、『金太郎バケ鯉退治(坂田怪童丸)』、『鯉の滝登り』がある。

【写真抄】
(写真1)岩手町沼宮内の新町組による『鬼若丸』、平成25年。当地ではの組の鬼若丸の評判が高く、これに大人形と躍動美で挑み良く健闘した秀作である。特にも、鬼若側から横に見たときの乗りかかりの迫力が素晴らしかった。着物は肩脱ぎにせず簡素に作り、裾を立ち岩上部に渡した垂木で吊り上げたのも功を奏した。 (写真2)一戸町の上町組による『鬼若丸』、平成17年。「同じ題でも盛岡ではやらない演出」と話題になった一作であるが、本文に触れたように、鯉を表裏ぶち抜きで作るのは昭和の盛岡ではむしろ定例的なことであった。とはいえこの作の鯉については、非常に大きいこと・造型がリアルであることに加え、浮いた形で配しているのが独特で、効果的でもある。一戸では上町組でも本組でも橋中組でも、鬼若・乙若の髪は結わずにザンバラにすることが多い。 (写真3)岩手町沼宮内のの組による『乙若丸』、昭和62年。盛岡でこの題が出た最後は昭和50年、以降10年以上を経て登場した『乙若丸』である。着物は江戸後期の錦絵に倣い赤に水色とし、鯉は正面のみで完結させて違和感無くまとめている。以降の作、平成9年の盛岡本組や平成18年の石鳥谷上和町組など少なくとも沼宮内以南については、ほぼ全作がこの作に似た作り方になった。私にとっては幼児の頃に直に見た印象深い山車のひとつで、「県北山車の面白さ」を刷り込まれた。 (写真4)紫波町日詰下組の見返し『乙若丸』、一戸の橋中組からの借り入れ、昭和63年。表は『決戦川中島』で、表裏とも豪勢な趣向を揃えてある。小さいながら端正な顔の人形は、この作以前は『黒田武士』や『八犬伝』の屋根上の剣士にも使われたようだ。鯉が立派で構図は簡潔、日詰で新たに添えた黄色い桜も色彩をよく助けている。 (写真5)二戸市福岡の五日町町内会による『滝窓志賀之助』、平成10年。直に見ていない二戸の山車のうちではかなり興味を引かれるひとつで、直に見たのは7〜8年後に製作途中の小屋にて見返しに上がった姿(この時の方が手の使い方については変化・工夫があった)。いずれ、この組の最も脂ののった時期の意欲作である。鯉が登りなのは盛岡・一戸と同様だが、派手な歌舞伎衣装を着せたのは珍しく、同様の演出を直には秋田の角館で見たことがある。(写真6)紫波町日詰橋本組平成29年の見返し『坂田怪童丸』。怪童丸とは金太郎のことで、郷土玩具では「鯉金」「鯉金時」と呼ぶ。本作は浮世絵師歌川国芳の作品をそのまま立体化したもの、鯉は平成10年代に盛岡の城西組から譲られた「鯉太郎」の赤鯉である。同題の作例としては二戸市福岡の川又が先行・後発では盛岡城西組、また一戸の橋中組は『金太郎バケ鯉退治』としてこの場面を採り上げた。大迫のあんどん山車ではしばしば、表の趣向として取り上げている。



(ページ内公開:盛岡山車『鬼若丸』)

日詰祭  一戸祭  石鳥谷祭  盛岡祭  沼宮内祭  川口祭  盛岡祭   見返し:沼宮内祭  見返し:一戸祭

滝間戸の志賀之助:浄法寺祭  坂田怪童丸: 大迫祭盛岡祭






文責・写真:山屋 賢一
(5枚目のみ、二戸まつり平成11年用ポスターから)


山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
鬼若丸 盛岡本組・(改)日詰上組
沼宮内の組
一戸上町組(本項2枚目)
石鳥谷上和町組
盛岡と組
沼宮内新町組(本項1枚目)
岩手川口み組
盛岡観光協会
盛岡一番組@A
一戸本組・二戸は組
盛岡本組(圭)
一戸上町組
石鳥谷上和町組(手拭)
盛岡と組(辰一)
沼宮内新町組(手拭)
盛岡観光協会(圭)

盛岡一番組@A
一戸本組(富沢)
押絵番付(富沢)
鬼若丸
(見返し)
沼宮内の組@A
沼宮内大町組@A
一戸西法寺組
二戸川又

大迫下若組(あんどん)@A
乙若丸 沼宮内の組(本項3枚目)
日詰下組(見返し)(本項4枚目)

盛岡青物町
盛岡よ組
一戸橋中組(見返し)

(写真)
盛岡青物町
盛岡仙若
盛岡よ組
滝窓志賀之助 浄法寺仲の組 盛岡東組
一戸上町組
二戸五日町@(本項5枚目:提供品)A

秋田角館
浄法寺仲の組(富沢)

一戸上町組(富沢)

盛岡東組
梁(柳)川庄八 小鳥谷仁昌寺 一戸本組(富沢)
坂田怪童丸(見返し) 日詰下組
二戸川又
日詰橋本組(本項6枚目)

ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭 鬼若丸)

ふるさと思う 若衆の声に 出でよ鬼若 勇ましく
鏡ヶ池の あやしき魚
(うお)を 鬼若丸の 仕留めたる
鯉の化け物 仕留
(しと)めし怪童(かいどう) 後(のち)の弁慶 鬼若丸
単身鬼若 大鯉仕留め 民の悩みを 捻
(ね)じ伏せる
怪童鬼若 短刀構え 大鯉仕留めし 比叡山
(ひえいざん)
松風騒ぐ 比叡の山に 精神
(こころ)を磨く 鬼若丸
大鯉
(こい)を仕留めし 鬼若丸は 比叡に学ぶ 武蔵坊(むさしぼう)
若き弁慶 荒武者修行 巨鯉またがり 時馳せる
比叡
(ひえ)の山にて 重ねし修行 智勇優れし 若弁慶
民を悩ます 大鯉を 鬼若丸が さしとめる
奇譚
(きたん)鯉取り 滝棲む主と 鬼若博闘(はくとう) 散る飛沫(しぶき)
わらべといえども 鬼若丸は 鯉を退治し 名を馳せる
鯉に跨
(またが)る 鬼若丸が 翳(かざ)すやいばに 日のひかり
八尺
(はっしゃく)大鯉 鬼若丸が 単身挑み とどめ刺す


(音頭 乙若丸)

清和源氏(せいわ げんじ)の 血を引く麻呂(まろ)が 手取りし鯉の 大きさよ
音に名高き 乙若丸の 鯉を引き出す 恵比寿綱
人に仇
(あだ)なす 百王(ひゃくおう)の魔魚を 討つも勇まし 稚児(ちご)
躍る勇魚
(ゆうぎょ)を 手取りし麻呂の 勲(いさお)伝えて 永久(とこしえ)
蘭奢
(らんじゃ)薫るる 乙若丸が 鯉と戦う 晴れ姿


(音頭 滝間戸志賀之助)

躍る大鯉 仕留めし誉れ 名も滝間戸(たきまど)の 志賀之助(しかのすけ)
見るも勇まし 荒れ来る波の 飛沫を浴びて 鯉つかみ



(音頭 坂田怪童丸)

剛健・武勇の 怪童丸(かいどうまる)は 鯉と登りて 雲を呼ぶ
立身出世
(りっしんしゅっせ)を ゆめみて鯉を  捕らえて上げる 水しぶき
怪力
(かいりき)坂田と 挑みし滝を 登りて鯉は 龍となる
剥いた逆隈
(さかぐま) 赤肌(あかはだ)脱いで 怪童丸の 鯉退治



(音頭 鯉太郎)

清き流れの 滝音響く 童子(どうじ)いさみの 鯉太郎
育つ緋鯉
(ひごい)は 大滝主か 童子いどみて 飛沫(しぶき)舞う
鯉にまたがり 勢い上げて 滝を登るか 鯉太郎



(音頭 鯉の滝登り)

緑も深く 滝・川清く 鯉跳ねしぶく 水の音
見るも勇まし 飛沫
(しぶき)を浴びて かがやく鯉の 滝登り
水面
(みなも)かがやく 登竜門(とうりゅうもん)に 跳ねる真鯉(まごい)と 躍(おど)る波
竜門めざして 急流のぼる 鯉のつがいや 国の夢
天に昇りて 雄飛
(ゆうひ)を願い 向かう勇姿の 瀧の鯉
纏う衣装も 飛沫に映える 黄金
(こがね)の鯉の 滝登り



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