南部流風流山車行事データ

 

盛岡の山車

 毎年9月14日に盛岡八幡宮に奉納される山車。山車行事の起源は藩政期にさかのぼるが、現在の山車のスタイルが定着したのは大正期と思われる。北は一戸町、南は旧石鳥谷町に及ぶ中部内陸地域の山車行事の元祖。14日の八幡下りで見せる総勢500人超の若衆による山車行列は圧巻で、1台の山車につく人数としては東北地方最多例の一つ、格式を重んじた見事なものである。すべての山車が連動して動くのは14日午後1時(八幡下り)と15日午後6時(大絵巻パレード)。この他に、組ごとに経路を決めて祭典期間の朝から晩まで市内を練り歩く。盛岡山車伝承地域のうち、盛岡のみは年によって山車を出す団体が異なり、毎年出す組は少ない。

 

 

 
八幡町い組『鏡獅子』:八幡下り出待ち

い組

 第4分団、盛岡八幡宮の門前町である八幡町を拠点とする山車組。八幡宮例大祭には毎年山車を奉納する慣例があり、盛岡山車の手本とも云われている。14日の八幡下りでは、すべての山車の先頭を運行する慣例がある。天井に山盛りの松を繁茂させるのが特徴、牡丹は小ぶりで、大粒の水玉をつけたしぶきを花の間に散らす。平成18年から白牡丹のみをビニールシートで覆ったまま山車に飾るようになった(理由は不明)。夜間照明は白色球を用い、松には紅白の豆電球を灯す。昭和50年代までは年毎に工夫を凝らしてさまざまな演題に取り組んでいたが、近年は「雨の五郎/かむろ」、「暫/鏡獅子」、「碁盤忠信/吉野山の静」、「鏡獅子/胡蝶の精」、「夜討ち曽我/大磯の虎」の5演題を繰り返し製作するのみで、新たな趣向が盛り込まれなくなった。

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雨の五郎  かむろ  暫  碁盤忠信  胡蝶の精  夜討ち曽我

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は組

 第1分団仙北町からの奉納組。近年は騎馬武者ものを得意としており、平成7年以降は近世の当地支配大名「南部氏」に絡む演題に限定している。見返し用に能面の小表そっくりの頭を持っており、女形よりも男の見返しが多い。現在岩手町の山車に見られる三段松の飾り方は、もともと仙北町が伝えたものといわれ、豪快で野衆味あふれる立体的な作りは盛岡市内では希少なものとなった。桜は基本飾りは縁を染めたものを使うが、見返しの天井を大きく覆う桜として、芯を染めたものを別に立てている。囃子のリズムが穏やかで、上げ太鼓・止め太鼓などが他の団体と若干異なる。最近では平成20年に「南部重信」を奉納。

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北天の魁安倍貞任  平敦盛青葉の笛


 

中野と組『木下藤吉郎初陣』:雨天時の運行

 と組

 第13分団中野地区からおよそ3年に1回繰り出される山車で、武者ものを得意とする。定番のものではない珍しい演題を好み、「藤吉郎初陣」や「源頼朝」を新作、すでに定型のあった「村上義光」「新田義貞」も新解釈で作った。見返しは「りんご娘」が定番であったが、近年は招き猫など張子作りの縁起物を飾るようになった。ふちを染めた片側桜など盛岡山車本来の形をよく伝え、夜間は松に色とりどりの豆電球を灯す。最近は平成19年に「真田幸村」を奉納。

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佐々木高綱  村上義光  真田幸村


 

 わ組

 第11分団、上厨川前潟町からの奉納組。14日以降市内に出る日は午前5時から山車を動かす。城西組とかかわりが深く、山車製作に当たって多分にその助力を受けているため、演題や飾り方は城西組とほぼ同じである。最近は平成19年に「釣鐘景清」を奉納。

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清水一角  新田義貞


 

 か組

 第9分団新田町(夕顔瀬町)からの奉納組。古くから歌舞伎演題に取り組み、「石橋」、「連獅子」、「三条小鍛冶」、「鏡獅子(胡蝶を伴う2体もの)」など獅子の演題を得意としている。前九年合戦の英雄「安倍貞任」にこだわって演題選定をした期間もあった。見返しは「道成寺」をはじめ舞踊ものが多く、背景を精緻に描く。桜は芯を染めたものと花びらを染めたものを併用し、立ち岩の両側に飾る。松と桜に豆電球を点し、桜の下の見えにくい位置に裸電球をつるす。照明に有色蛍光灯を使うのは盛岡市内では珍しい。人形、装飾ともに業者発注を一切行わずに自前で作るという。最近は平成19年に「鏡獅子」を奉納。

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石橋  安倍貞任  前九年の合戦


 

 よ組

 第5分団紺屋町を本拠とする藩政期以来の火消し組。「矢の根」、「鏡獅子」など現在定番化された歌舞伎一体演題を創設したほか、田の字纏をかざす「日本銀次」も名物演題。飾り方は盛岡古来のもので、牡丹を表裏の境で色分けするのが特徴。音頭の合いの手に独特の趣向がある。よ組とは別に、「紺屋町丁印」として小さな人形を乗せた屋根付きの山車を運行した年もある。最近は平成19年に「日本銀次」を奉納。

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勧進帳  日本銀次


 

た組

 浅岸の消防団が平成12年に第5分団よ組の助力を受けて「暫」を初奉納した。

 

 な組

本宮な組『ぶんぶく茶釜』:昔話の張子見返し
 第12分団。昭和59年に本宮から始めて山車を奉納した。基本的には岩手町の新町組(沼宮内)・の組(沼宮内)・下町山道組(川口)などの助力による山車であり、現地で使われた人形を再構成して作られた山車も多い。は組と同様奔放な飾り方が魅力である。最近は平成17年に「義経疾走」を奉納。

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畠山重忠  佐々木高綱  加藤清正  義経一の谷


 

の組

 平成6年より毎年山車奉納を行っている同好会。本拠は中ノ橋通(一時加賀野)。草創期は業者発注と思われる人形だったが、平成9年ごろから自前で製作するようになった。大量の牡丹、朱塗りの大八車、2種類の藤、2通りの染め方をした桜を同じ軸に交互に飾るなど、独自の路線を確立している。昼夜問わず照明全開で運行する。表の人形は「四つ車大八」、「暫」、「碁盤忠信」、「狐忠信」、「雨の五郎」、見返しは「わんこ娘」、「藤娘」に限る傾向がある。

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四つ車大八  四つ車大八


 

太田お組『鎌津田甚六』:地元史の演題

 お組

 太田同好会として昭和53年に山車を奉納したのが始まり。お組の呼称は平成3年より使っている。山車作りは第9分団か組に師事。平成13年以降、伝統的な盛岡山車人形とは違う手作りの素朴な人形で山車を出している。地元の歴史に基づいた演題選びが多い。最近は平成18年に「熊谷陣屋」を奉納。

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石橋  熊谷陣屋


 

 や組

 第15分団厨川上堂地区からの奉納山車。昭和53年初奉納。第8分団三番組に師事し、特徴的な表情と色彩豊かな衣装、飾り付けを魅力とする。見返しは松を貫くような大人形に仕立てることが多い。原則的に歌舞伎演題2体ものを作るが、近年は大振りな人形による1体ものも作っている。最近は平成18年に「和藤内」を奉納。

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連獅子  寿曽我対面


 

 さ組

 盛山会。平成元年より毎年山車を奉納している同好会。演題はい組系統の一体歌舞伎とそれを拡張した趣向で、「碁盤忠信」、「暫」、「釣鐘景清」、「矢の根」が重ねて作られている。平成9年から盆板を高くして人形を上方に配す独特の飾り方を定着させたが、平成18年以降は人形を小さく見せる飾り方に変化した。北は滝沢、南は黒川まで山車を持ち込み、ファン獲得に努めている。

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釣鐘景清  揚巻  参会名護屋  暫  寿曽我対面


 

鉈屋町め組『義経弓流し』:大通り入り

 め組

 第2分団鉈屋町。独特の塗り方をした武者人形の山車が多く、「羅生門」、「義経八艘飛び」、「義経弓流し」を定番演題とする。花びらのぎりぎりまで染めた芯染め桜を使い、枝に短冊を付けないのが特徴。軒花の軸、葡萄の蔓を絡ませた松など他の組には無い独特の飾り方が見られる。見返しは女ものではなく、「牛若丸」や「石割桜」が定番。一戸町、石鳥谷町、岩手町には、かつてめ組に山車づくりを伝承された団体がある。最近は平成18年に「義経弓流し」を奉納。

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義経八艘飛び  羅生門  牛若丸


 

愛宕町み組『若菜姫』の女大人形

 み組

 第10分団、もとは関口新盛組といった。化け物の山車を得意にしていた煙山という職人の遺作を元に演題を選定、「児雷也」は盛岡山車におけるひとつの定型を作った。女の大人形を用いる「若菜姫」、大猫の作り物を伴う「犬村大角」を近年復活。また、「和藤内」の紅流しも定番。一時「火中組」という典籍の立て札を山車に立てていた(昭和40年代)が、現在は見られない。最近は平成20年に通算5度目の「児雷也」を奉納。

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児雷也


 

一番組

 第3分団、肴町の旧馬町が本拠。藩政期の御用火消し組で山車奉納の歴史も古く、番屋付近には人形を塗り直す仏具屋、桜や牡丹を作る造花屋など山車に絡んだ商店が並ぶ。武者1体ものを得意とし、「四条畷」、「碇知盛」、「朝比奈三郎」が定番。特注の頭を使う「釣鐘弁慶」や「巴御前」も製作のたびに話題を呼ぶ。見返しは昔話の「花咲爺」。かつて、「元寇」「新田義貞」「松前鉄之助」などの作品で、人形のせり上げを導入したことがあった。現在盛岡市近郊の町村に見られる山車組は、一番組の影響下で成立したものが多い。最近は平成19年に「熊谷直実」を奉納。

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巴御前  熊谷次郎直実


 

油町二番組『幡隋院長兵衛』:大通りパレード出待ち

 二番組

 第6分団、本町通の旧油町が本拠。一番組と同じく御用火消し。人形を複数用いる華やかな武者ものを得意とし、「川中島」「森蘭丸」が定番。裸人形の「早川鮎之介」「幡隋院長兵衛」、福神ものの「大黒さん」などは、盛岡市内では二番組だけが作れる演題である。見返しは火消しの姿を描く「南部火消し」「南部梯子乗り」が定番化。平成12年より従来のふちを染めた桜を芯染めに改めて山車全体を淡い色彩とし、現在に至る。最近は平成18年に「早川鮎之介」を奉納。

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仁田四郎忠常  森蘭丸  早川鮎之介


 

 三番組

 第8分団長田町が本拠。寝床の付いた旧式の大八車・大太鼓は一つしか乗せず男だけで叩く…など、古い作法を大事にしていることで知られている。人形は頭手足から衣装にいたるまですべて自前で仕立て、近年盛岡市内で主流となったグラスファイバーによる人形制作を先駆けて実践、技術水準を高めた。や組、城西組を始め、近年は盛岡観光協会の山車製作にも大いに助力している。演題は歌舞伎2体ものが多い。桜は芯を染めたものを両脇に飾り、牡丹をかなり上まで付ける。立ち岩には浅葱色の彩色を施す。音頭の歌い出しが独特で、獅子音頭と呼ばれる。最近は平成17年に「五条大橋」を奉納。

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里見八犬伝  瀧夜叉  根元草摺引


 

本組

 第7分団。もともと本町からの奉納組だったが、岩手公園下を経て現在は大沢川原を本拠としている。富沢茂氏の番付を早期から用い、歌舞伎2体ものを得意とした。「和藤内の虎退治」「車引き」「鬼童丸(市原野)」は評判が高い。ふち染め桜の片側飾りなど、盛岡山車の基本的な作法を伝える団体のひとつ。最近は平成20年に「小鍛治」を奉納。

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車引き


 

青山組

 第17分団。初期は駒木人形の山車だったが、平成に入って第9分団か組に師事し、か組が用いない武者の演題を主力に製作している。最近は平成20年に「後三年の役」を奉納。

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後三年の役


 

中屋敷町城西組『矢の根』:大通り門付け

城西組

 昭和40年代に創設された同好団体による山車。はじめはわ組に師事していたが、現在はわ組に助力して山車を製作、盛岡市内の山車組の中心的存在のひとつとなっている。平成3年までは木彫りの頭で武者ものを中心に製作していたが、近年は「不動明王」「矢の根五郎花道下がり」など、独自の視点で歌舞伎演題の開拓に努めている。平成4年から両側に桜を下げる飾り方をしていたが、平成15年ころから片側飾りに変わった。牡丹は表裏で境目を作り、花と花の間に波しぶきを入れる。大八車の横に下がる滝波の淵を電飾している。近年は松および桜に電飾を入れていない。

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安倍貞任  紀伊国屋文左衛門


 

南大通二丁目町内会

 昭和60年初奉納、盛岡市に現存する唯一の町内会山車組。平成3年の「矢の根」以外は一度盛岡のほかの組が使った人形を再利用、近年は城西組の旧人形をよく使っている。最近は平成15年に「景清」を奉納。

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矢の根


 

盛岡観光協会

 平成15年より盛岡観光コンベンション協会と名乗る。八幡宮境内に山車記念館が作られた昭和53年以来毎年山車を製作、運行している。曳き子の多くは公募で集められ、無料に近い金額で参加できる。平成8年までは二番組系統の作風であったが、近年は城西・三番組系統の歌舞伎演題が主流。祭礼終了後は葛巻町北上市、旧西根町、旧安代町に人形を貸し出すほか、各種イベントにもたびたび派遣されている。

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四条畷  碁盤忠信  紅葉狩  八岐大蛇


 

 

※山車組整理※

 

消防山車組

『坂本竜馬』盛岡市制100周年記念に出た企業山車

1分団:は組(仙北町

2分団:め組(鉈屋町)

3分団:一番組(肴町:旧馬町)

4分団:い組(八幡町

5分団:よ組(紺屋町)

6分団:二番組(本町:旧油町)

7分団:本組(大沢川原)

8分団:三番組(長田町)

9分団:か組(新田町

10分団:み組(愛宕町)

11分団:わ組(前潟町)

12分団:な組(本宮)

13分団:と組(中野)

14分団:た組(浅岸)

15分団:や組(厨川)

17分団:青山組(青山町

19分団:お組(太田)

 

消防団以外

城西組・盛岡観光協会・南大通り2丁目・さ組・の組

 

企業山車(昭和50年以降)

橘産業・造園組合・酒組合・左官業組合・樋下建設・東日本ハウス

 

 

 

《詳細日程》

(山車の構想は早い例では祭典一年前に決定し、春先から準備が進められる)


9/13


 ◎岩手日報朝刊にて山車紙上パレード

(その年登場する山車の絵紙が新聞広告として掲載される。前倒しする年もある。)


 ◎山車、町内試運転

(の組は早朝8時からの運行、さ組は夜6時より2時間程度神子田地区を運行、…この他各組で独自の予行運行日程があり、い組・三番組・本組・盛岡観光協会は予行運行を行わない)


 pm 6:00 夜神楽 宮崎神楽講中 盛岡八幡宮神楽殿or特設舞台




9月14日午前11時ころの盛岡八幡宮前
9/14


 am 9:00 各山車出発

(太鼓を鳴らして動くのはこの時刻から)

 am10:30 盛岡バスセンター周辺から八幡宮にむけて続々山車集結

 am11:00 全山車、八幡宮前参集


 pm 1:00 八幡下り 八幡町
(全山車の昼の合同運行。さんさ子供太鼓、宮崎神楽、山岸獅子踊りなどが随行)


 pm 6:00 夜の八幡参り
(い組・さ組・の組の3つの山車と八わ多連の屋台などが八幡町巡行後、八幡宮境内に結集、境内に山車を並べて「太鼓競演」)


 pm 6:00 材木町パレード(ない年もある)
(城西組と三番組がともに山車を出している年は、例年14日の夜に材木町界隈に山車を留め置き、夜間運行が行われる)


 pm 7:00 宮崎神楽 盛岡八幡宮神楽殿or特設舞台 演目:『鞍馬山』ほか



9月15日午後4時過ぎの中津川原

9/15


 pm 2:30 奉納三社囃子(八わ多連) 盛岡八幡宮境内特設舞台


 pm 2:00 各山車、岩手公園へむけて大通り商店街周辺運行
(大通り商店街は11:00〜20:00歩行者天国で、昼過ぎから各組が順番に運行・音頭をたくさん上げる)

 pm 4:00 全山車岩手公園内待機


 pm 6:00 盛岡秋祭り大絵巻パレード 大通り商店街 


 pm 7:00 宮崎神楽 盛岡八幡宮神楽殿or特設舞台 演目:『山田の大蛇』ほか



山車の小屋入り(油町二番組)

9/16


 am10:30 宮崎神楽 盛岡八幡宮神楽殿or特設舞台(途中流鏑馬で中断) 演目:『船弁慶』ほか


 pm 8:30 い組山車納め 



※山車は基本的に14日から16日まで運行。時間は午前9時から午後8時ころまで。

 

 

 

 

 

 

(備考)盛岡城下の七夕行事「万灯(まんとう)

馬町馬頭観音万灯『佐々木高綱』
 昭和30年代頃までは旧市内で盛んに見られたという、盛岡の七夕行事。四角形を何段も積み重ねたピラミッド状の行灯を高竿の上にかざし、繁華を子供達が門付けした。現在は、町内会規模で行われる夏祭りの一部に、小型の万灯を装飾として辻辻に点す例が見られる(松尾町の十六羅漢、四谷の地蔵尊夏祭りなど)。

 馬町馬頭観音の夏祭りで引かれる万灯は盛岡最大のものといわれ、大型なので山車のような大八車に乗せ、引き子は普段着のまま綱に付き、前後に囃し方を乗せて引き回す。絵柄は正面に騎馬武者、裏面は馬の墨絵で、装飾に杜若と牡丹の造花を使う。行列は夕方にホットライン肴町をにぎやかに経由し、馬町周辺を巡行する。
 同様の山車は南大通寺町にも見られ、こちらは万灯とは呼ばず「大行灯」と呼ぶ。外形は青森県津軽地方の扇ねぶたに近く、現在使われている絵柄は、津軽のねぷた絵師によるものである。こちらも秋祭りの山車と同じような囃子をか細くはやして運行する。
 神子田町の「万灯まつり」には、ピラミッド型の大万灯と角型の大万灯2基が運行し、間に提灯や手で掲げるサイズの武者絵の万灯が数多く連なる。子供たちが太鼓とはやし言葉をかけながら巡行する夏の風物詩である。

 万灯の絵柄は数年間引き継がれる例が多いようで、馬町では『佐々木高綱』、南大通では『桃太郎』、神子田町では『上杉謙信』が使われている。秋祭りの人形山車のように、表裏で抑揚が付く例は少ない。



主な万灯行事の日程

   ●馬町馬頭観音 7月18日夕刻(毎年)

   ●子安地蔵尊大行灯(南大通) 7月22日夕刻(毎年)

   ●神子田町万灯 7月18日夕刻(平成21年)

 

 



 


☆南部流風流山車全事例整理☆

文責・写真:山屋 賢一

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