岩手県葛巻町 くずまき秋祭り

 

 

新町組『木曽義仲』

 岩手郡葛巻町の秋祭りに登場するのは下町組、浦子内組(うらしないぐみ)、茶屋場組(ちゃやばぐみ)、新町組の4組で、いずれも盛岡や一戸から人形を招いた借り上げ山車を出しています。ただし造花は牡丹以外すべて町内の山車組で手がけ、人形配置も借り上げ先に頼らず自前で行う為、同じ趣向を使っても貸出先と違った仕上がりになることが多いようです。花も新品で、山車全体が目新しく美しく見えます。
 葛巻山車4台を総体的に見ると、花がたくさんついて横に膨らみ、量感にあふれています。造花の種類こそ少ないものの数(量)が多く、作りも丁寧に見えます。松は一本ものが使われて山車の四隅を隈なく覆い、桜も紅葉もきちんと一本の木に仕立てられ、ものすごくたくさん吊ってあります。見ものは白黒写真に写すとシダレ桜と同じくらい存在感の出る大ぶりの藤の花で、これは町秘伝の作り方があるのだとか。平面的な山吹の花(削った木の皮で作る)は独自の飾りで、葛巻山車の象徴的な存在です。台車幅が広く、見返しだけでなく表にも酒樽を乗せる組があります。
 …このように葛巻の山車は借り上げとはいいながらも地元山車組が一生懸命手を入れ、独特の味わいに仕上げているのが魅力です。

 

山車を中心としたお祭りの流れ

 山車は朝は9時前に出庫、午前中は町内をかなり広域にわたって門付けします。4組とも山車の絵を染めた手ぬぐいを祝儀札に配り、音頭上げや手踊りで御礼をします。

 お通りは両日とも午後1時半過ぎに出発、初日は葛巻山の大麻八幡宮から新町の秋葉神社まで、最終日は秋葉神社から八幡宮までです。一本道のバイパスを使うので他町のように完全な交通規制は出来ず、郷土芸能3団体を連れた神輿が通ってしまった後で交通整理をしてから山車が続く、つまりお通りが途中で切れるのです。各郷土芸能や山車組が祭典実行委員会に寄せたコメントがお通りの際に読み上げられるので、神事でありながら観光パレードのような雰囲気になります。

 お通りが終わると、それぞれの山車が音頭上げをしながら自由に動きます。1日目は踊りの競演や電飾した山車の展示など合同イベントが中心で、山車組のメンバー始め町民総出の流し踊り大会が繰り広げられ、山車はライトアップしたままお祭り広場に並びます(展示場所がバラバラな時期もありました)。観客は踊りを眺めたり電飾を施した美しい展示山車を眺めたりしながら、秋の夜長のひと時を満喫します。
 2日目は各山車ともかなりみっちり門付けをします。ほぼ50メートルおきに音頭と踊りをセットで披露し、門付け場所も4つの組で大差無いので(主に葛巻病院周辺)、夕方から夜にかけてゆっくり山車を楽しめます。夜7時ころにはおおむねどの組も地元の空き地に山車を飾り、踊りを通して披露し小屋入りするようです。
 音頭上げだけでなくその時々の流行りの歌謡曲に乗せて手踊りや余興を披露するのが葛巻山車の特徴で、観客もすごく楽しみにしています。音頭を上げる人、太鼓をたたく人、踊り子…ときちんと役割が分担されています。

浦子内組『朝比奈三郎』

山車の作法

 小学生はもっぱら手踊りを分担され、他では小学生が叩くことの多い小太鼓が、葛巻では中学生に割り振られています。中学生が叩く小太鼓はさんさ踊りサイズの大きめの締め太鼓、皆腕がきちんと上がり、あまり拍子が乱れません。お囃子のリズムは緩く、岩手町川口のペースに近いものがあります。のどかなお囃子にカチ、カチと拍子木が入ると歩み太鼓が止まります(一戸と同じような止まり方)。同じ岩手郡内でも、沼宮内以南のようにあげ太鼓は使わないようです。お通り前の役場待機時、また流し踊りの夜間展示の時などに、2つ、3つ、4つときちんとマッチャをそろえて叩く場面が見られました。
 音頭はイントネーションの狂いが若干あるものの、ほぼ盛岡と同じ節回しです。やはり道路事情の関係で、葛巻では運行中に歩み太鼓と平行して音頭を上げる独特の場面が見られます。笛のメロディーは独特で優雅なメロディーが多く、4つの組でそれぞれ違う曲を使っています。
 山車の周りは常に車でいっぱいであり、山車は道路の片側にぎっちり寄って動くため、左右から見ようと思うとちょっと厳しいかもしれません。町の方々の邪魔にならないようなお祭り見物を心がけたいものです。

 

浦子内組の膨大な枝垂桜
山車のほかには…

 勇壮な葛巻神楽が初日午後5時過ぎから『権現舞』・『三宝荒神』・『剣舞』・『盆舞』・『鳥舞』など全レパートリーを披露します。会場は葛巻駅前(バス発着所)、野外音楽堂などです。動きが大きく派手で、中学高校と学ばれているだけあって若手の活躍が目覚しい神楽です。
 お通りとその帰り、また門付けの形で辻辻で披露されている七つ物とさんさ踊りは、動きそのものはアッサリしていますが、大変迫力あるお囃子です。装束もおのおの独特で、立ち止まってしまう外観でした。葛巻神楽の権現舞も併せ、お祭り両日にはさまざまなところで葛巻の芸能に出会うことができます。



(各山車組について)


茶屋場組『九戸政實』
【茶屋場組】

 最北の山車組で、小屋は市街からだいぶ離れた葛巻高校周辺に置く。人形の借り上げ先は一戸の上町組で、通常その年の人形を借りるが、宮祭り(不作等で山車を出さない年の祭りをこう呼ぶ)の翌年に前年の人形を借りたこともあった。趣向によっては配置を変えたり背景を描き加えたり大道具を作り直したりして、ガラリと印象を変えてしまうこともある。音頭にも自前で読んだ歌詞を加え、上町組の絵紙に車が描かれていないときでも、茶屋場組では手拭の山車絵にきちんと台車が描き加えられる。
 2通りの染め方の桜を併用し、枝垂れではなく上に向いた枝で飾る。非常に色鮮やかな仕上がりの山車である。台車は廃トラックで、夜間照明には白色電球を使用する。


【新町組】

 葛巻の町場のほぼ中央に位置し、葛巻山車の師匠格といわれる組である。古くは八戸から借りたこともあったようだが、遅くとも昭和61年以降は一貫して一戸の本組から借りている。必ずその年の人形を借りるが、衣装を変えたり道具を足したり組み方を改めたりして葛巻ならではの演出に改めることも多い。頭を交換したり、地元史に基づく一戸での演題を改め全国区の歴史物語に置き換えて別な題をつけたこともあった。音頭や解説文も自前のものを作っているようである。
 色の赤さが印象的な枝垂れ桜と紫白2色の藤が特徴で、平成19年以降は盛岡流の牡丹を自作し、大ぶりの牡丹を一戸本組と同じく4つの群れを作り境界を空けて飾っている。台車は大八車だが軒花が無く滝だけが下がり、演題立て札のほかに「奉納新町組」と書いた札が立った時期もある。


【浦子内組】

 歴史をさかのぼると葛巻の山車は必ずしも盛岡流ではないが、浦子内組だけは一戸の南部山車を一貫して引いている。借り上げ先は一戸の橋中組で、昭和41年以来変わっていない(一番始めだけ、上町組の『巌流島』を上げた)。必ずその年の趣向が上がる。台車は奥行きのある廃トラックで、立ち岩のほかに両側面に岩盤2枚を飾ってその上に牡丹をアーチ状に付ける。橋中組では点いたままの牡丹を、浦子内組では点滅させる。人形は橋中組に頼らず地元で設置するのが慣例で、大きさにかかわらず松の上に上がらないように組むため、他の借り上げ先より人形が小さく見えることがある。松には裸電球をたくさん吊るし、桜は縁を染めた小さめの花をすごく長いシダレに仕立て、観客の頭をすっぽり掠めてしまうほどたくさん束ねて山車の後ろに垂らす。紅葉もたくさん使い、ともに付け根を一本の木のようにまとめている。
 2種類の進行囃子のうち、ゆっくりとしたペースのものには八戸三社大祭、リズムの早い方には盛岡の正調メロディーがそれぞれ使われている。


下町組『連獅子』

 

【下町組】

 最南端の山車組で、町内で唯一盛岡から人形を入れている。例年盛岡観光協会の人形が上がるが(遅くとも昭和59年以降一貫)、「矢の根」「五條大橋」など三番組の人形を上げた年もあった。名作と評判が高くほとんど他地域に貸し出されなかった「連獅子」や「助六」も葛巻の下町組にだけは貸し出されており、仕上げも極めて丁寧で美しい。通常その年の人形が上がるが、宮祭りの翌年に前年の人形を選ぶこともあり、好みによっては他団体の人形を借りることもある。表裏の組み合わせが変わる年も多い。
 盛岡で両側に桜をつけていた時期も、下町組では一貫して片側に紅葉、もう一方に桜という配置にこだわり、2色めの桜は定型飾りというよりは小道具の一部として(たとえば「花咲爺」の桜など)使った。台車は大八車で軒花がなく滝のみを下げ、大太鼓には注連縄を張る。








音頭上げ風景(新町組、2日目の夕方)

【祭 典 日 程】

 9月第4週末、秋分の日周辺の土日に設定されることが多い。
 山車の運行は両日とも午前9時から夜7時ころまで。
 1日目は電飾した山車を街路に飾り、流し踊りをする。
 合同運行(神輿渡御)は両日とも午後1時半から。



【ア ク セ ス】

 いわて銀河鉄道「いわて沼宮内駅」のバス乗り場にて「久慈方面行きしらかば号」に乗車、「葛巻駅前」で下車
(盛岡駅から直通でも可 運賃は片道1800円程度)



文責・写真:山屋 賢一
参照:「山車浦子内組25年のあゆみ」(山車浦子内組山吹会 平成元年)・「広報くずまき」

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