盛岡山車の演題【風流 車引き】

菅原伝授手習鑑 車引

 

 

 戦前期に遡って盛岡山車の2体の歌舞伎演題を探してみたら、菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)の『車引(くるまひき)』が、かなり昔から演し物に上がっているのに気が付いた。
 時は平安、醍醐(だいご)天皇の御世。さきの宇多(うだ)天皇は藤原摂関家の専横を嫌い、学者の菅原道真(すがわらの みちざね)を右大臣に引き上げてその牽制をはかった。時の左大臣藤原時平(ふじわらの ときひら‐劇中では”しへい”‐)は危機感を覚え、帝位が若い醍醐天皇に移ったのを好機と道真に無実の罪を着せ、左遷に追い込む。藤原家の他氏排斥運動は奈良時代以来の名家を次々に牙にかけたが、道真の大宰府(だざいふ)左遷は最もよく知られた逸話であり、これを下敷きとして、竹田出雲が「菅原伝授手習鑑」を書いた。歌舞伎の3大名曲として今日まで多く上演される脚本である。
 道真の舎人(とねり:牛飼い)であった梅王丸(ばいおうまる、うめおうまる)と桜丸(さくらまる)は、主君の恨みを晴らすため時平の牛車を襲おうと、吉田神社の鳥居の前で待ち構えている。早速やってきた牛車を打ち壊すと、中から時平が現れ、時平の舎人松王丸(まつおうまる)が狼藉者を切り殺そうと颯爽と登場する。この松王丸、実は梅王の弟・桜丸の兄である。この関係がおいおい物語に起伏を呼んでいくのだが、山車の話に戻すと、漆塗りの牛車を挟んで三兄弟が繰り広げる色鮮やかな舞台のありさまを再現したものが、盛岡山車の『車引』である。

「松王・梅王(伝統型)」石鳥谷上若連平成12年

「松王・梅王(新型)」一戸町西法寺組平成18年

 『車引』は、通常二体で仕立てる歌舞伎山車である。松王丸に白い着物・梅王丸に赤い着物を着せて、綺麗に対照の見得を作る例が最も多い。松王は刀の柄を高くかざして片手を胸に置く「元禄見得」、梅王は握りこぶしを高く構えて刀を下にする「石投げの見得」…、松王を体勢高く・梅王は低く、松王は奥に・梅王は手前にコントラスト鮮やかに設定する。赤の梅王は二本筋の隈取、白の松王はすっきりとした一本筋の隈で、眉と目の下の筋がそのまま後ろに伸びる「松王の隈」である。梅王も松王も腰に刀を三本差しているが、これは荒事装束の中でも珍しい豪華さで、両者の強さ・勇ましさを表している。
 計算し尽くされた松王梅王の車引の構図は盛岡山車でも一・二を争う美しさと評判が高く、近年はすっかり主流となったが、もとは三番組(盛岡市長田町・消防第八分団)独特の構図であった。実際の舞台と松王・梅王の配置が逆になっているが(さ組が一度、舞台通りの配置で出している)、2つの人形で華やかさを出そうとするとこの方が効果的なようだ。盛岡市内では新田町のか組、市外では石鳥谷町の上若連が三番組の構図をすっかり真似た。どの作品も優美壮麗というほか無く、大変見事な歌舞伎山車である。
 平成10年代末、松王丸が白い着物の袂に手を入れて見得を切る新構想がほうぼうで出始めた。上記の定型は歌舞伎の幕切れであり、こちらは舞台中盤の兄弟睨み合いを採り上げている。松王を低く、梅王を高い姿勢とし、県北の歌舞伎組として名高い一戸の西法寺組が最初に構想した。西法寺組はやはり2人の配置を舞台と逆にしたが、盛岡のさ組は舞台通りに配置し、梅王に槍(の端)を持たせた。

「松王・時平」盛岡本組平成4年

 以上が、昭和晩期から平成にかけての『車引』の山車である。それ以前に『車引』の山車といえば、「梅王・時平」の組み合わせが主流であった。舞台に牛車を上げて時平と梅王のにらみ合いを描く構想で、華やかさはもちろん「車の上に車を乗せる」という発想が面白い。
 歌舞伎では時平が青い筋隈取を取っているが、山車の時平では長らく略されていた。盛岡の本組は梅王ではなく松王を時平に並べて出したが、このとき歌舞伎同様の「公家荒れ」という隈取を見事に再現し観衆を驚かせた。松王は時平を守る立場なので、2つの人形はまったく逆方向を向いている。また、時平と組む場合は松王は赤の着物になる。本組の車引は後々まで名作と語られ、平成に入ってからも再作された。
 戦前の車引の山車には、梅王が紫白の童子格子のどてら姿で深編み笠を背に構えるというものもあり、これは梅王が観客に初めてその華やかな隈取を見せる場面を切り取っている。

『車引梅王丸』石鳥谷中組昭和63年

 一体ものの『車引』もある。松王梅王のいずれか一方を飾った山車で、石鳥谷町で比較的多く作られている。題は『車引梅王丸』『車引松王丸』、単に『梅王丸』『松王丸』、『歌舞伎車引きの場 松王丸』など様々についた。一体になると、梅王は松王と同じ元禄見得になることが多い。ほかに、暫の花道下がりと同じような抜き身の刀を背負う梅王の姿も山車にされた(石鳥谷町)。

『道明寺苅屋姫』石鳥谷中組平成17年

 『車引』の舞台には、時平の乗る牛車のほかに、神社の雰囲気を醸す大道具・小道具が入ることもある。通常の山車に飾る造花の他に、紅梅・白梅が添えられたりもした。人形そのものの華やかさを際立たせるため、あえてこれらの大道具類を省いた作品もあった。
 対応する見返しは非常にまれであるが、松王丸もしくは梅王丸の妻を飾った『女車引き』や、時平の言いがかりの元になる道真の娘『苅屋姫(かりやひめ)』などが上がっている。三兄弟の最後の一人『桜丸』は昭和40年代の盛岡で何度か見返しに作られたが、平成以降の作例は無い。

 

(他地域)

 車引を山車人形に取り上げる例は数々あり、東北以外でも、たとえば博多祇園山笠などに見られる。青森ねぶたの車引はほとんどが松王・梅王の組で作られるが、多くの作品で主に松王の色彩が歌舞伎から逸脱する。下北の大湊では三兄弟をすべて組み上げた車引きが登場し、なかなかの秀作であった。
 八戸でも車引の山車が出ており、これは舞台に登場人物すべてをあげた上、金の仏像など創作飾りを加えて派手に演出したものである。山形の新庄でも、同様の役者勢揃いの車引の屋台が出ている。
 秋田の角館では山車人形の数を2つに限るので、車引が出る場合は盛岡山車とほぼ同じスタイルになる。ただし、松王梅王の構想は主流でなく、私が見た分では時平・梅王の趣向が多い。車引だけでなく、松王梅王が米俵を掲げた『賀の祝い』や道真が梅の枝を銜えて怨霊化する『天拝山』なども出た。同秋田市土崎の曳山は裸人形の山車であり、この手法で描かれた車引きは、髪を乱した梅王が牛車を蹴倒して片手に車輪を振りかざす構想であった。当地ならではの、大変勇壮で見事な山車であったと記憶している。

『見返し 松王丸』二戸市五日町町内会平成22年


文責・写真:山屋 賢一

 
(ページ内作品公開)
盛岡か組  石鳥谷上若連   沼宮内新町組  石鳥谷西組   盛岡さ組A

時平・梅王:盛岡観光協会

梅王丸:石鳥谷中組 日詰橋本組 日詰下組(見返し)  松王丸:日詰上組
 
 
 
山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
松王梅王 石鳥谷上若連@(本項)
盛岡か組
一戸西法寺組(本項)
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盛岡三番組@
盛岡三番組A
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盛岡か組(富沢:色刷)
一戸西法寺組
石鳥谷上若連A(手拭)
盛岡さ組@A
沼宮内新町組(手拭)

盛岡三番組(富沢)
梅王時平 盛岡観光協会 盛岡め組
盛岡い組@
盛岡い組A
秋田県角館
盛岡観光協会(圭)

盛岡め組(国広)
盛岡い組(国広)
松王時平 盛岡本組@
盛岡本組A(本項)
盛岡本組(香代子:色刷)

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梅王丸 石鳥谷中組@(本項)A
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日詰橋本組
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一戸橋中組見返し
二戸市福岡五日町見返し@AB
石鳥谷下組 盛岡火消し保存会
石鳥谷中組@A(手拭)
松王丸 石鳥谷上和町組
盛岡さ組
二戸市石切所前田組
日詰上組
盛岡さ組
苅谷姫 盛岡か組
石鳥谷中組(本項)
日詰橋本組
女車引き 盛岡さ組(千代)
石鳥谷中組(春)
ご希望の方はsutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭)

義理と情けを 世の手習いに 曳くや男の 山車(やまぐるま)
治まる御世
(みよ)に 梅・松・桜 その名も芳し(かんばし) 車引き
八幡祭りに 菅原伝授
(すがわらでんじゅ) 引くや梅・松 桜丸
童子格子
(どうじ こうし)の どてらを纏い 花の歌舞伎で 車引き
松の緑の 治まる御世
(みよ)に 色を競うや(または、色香競える) 梅ざくら
聞くも芳し 梅・松・桜 誉れを残す 車引き
梅王・桜の 名乗りをうけて 阻む
(はばむ)松王 車前
梅も桜も 飛び散る中に 松の緑を 車引き
いろは紅葉
(もみじ)の 菅原伝授 ちりぬる我が子 松王丸
時平
(しへい)松王 吉田社(よしだしゃ)前の 歌舞伎の見得は 車引き
梅に桜の 花散る里に 緑変わらぬ 松の風
見得は元禄 松王丸が 義理と情けの ひとにらみ
三つ子引き合い 車をやぶり 睨む時平の 金縛り
(かなしばり)
兄弟鼎
(かなえ) 割れるも辞さず 道ぞ真(まこと)と 梅王丸
騒ぐ松風 梅花
(うめばな)匂う 情けちりゆく 車前
舎人
(とねり)梅王 道真(みちざね)守り 花の見得きる 車引き
(ぬし)の想いを 我より他に 晴らして紅(くれない) 梅の念
仁王もどきに 力みし姿 いずれも見事な 荒事師
(あらごとし)
指を震わせ 青筋立てて 見得を競いて 花と咲く
誉れを急ぐ 元禄見得は さだめを知らぬ 車前
松に嵐の たとえも知らず あだに散りゆく 梅ざくら


※南部流風流山車(盛岡山車)行事全事例へ

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