岩手県北上市 北上みちのく芸能まつり

 



 北上みちのく芸能まつりは、北東北の郷土芸能の一大祭典とも云うべき非常に規模の大きい郷土芸能祭です。公演は3日間に及び、会場も市内いたるところに設け、出演団体は100組を超えるという異色のスケール、また東北夏まつりシーズンにおいてもきわめて特異な、観客動員性、企業動員性をほとんど持っていないイベントです。すなわち、出演する郷土芸能団体の演舞に人が群がるという形式。そこには往時の郷土芸能の愛される姿が如実に再現されていて、この土地が本気で芸能を愛する土地柄なのだということを毎年身に染みて実感します。そしていつしか、私もそんな芸能好きになってしまいました。
 北上市はちょうど江戸時代の藩境、伊達藩と南部藩の境目にあたる地域です。この地域には両藩の文化が交錯する課程で実に多くの郷土芸能が生まれ、大切に伝承されてきたという歴史があり、現在和賀・江刺地方には400とも500とも云われる膨大な郷土芸能が残っています。みちのく芸能まつりはこの豊潤な芸能伝承土壌を基盤とし、さらにそれに岩手県内各地から招いた代表的な郷土芸能団体をいくつか招き、みちのくの郷土芸能体系を大まかに描き出す壮大な構想のお祭りです。



*登場する主な郷土芸能*



T)神楽
 神楽は主に中日と最終日に諏訪神社(駅より徒歩5分、北上市の旧繁華街諏訪町の鎮守)での神楽公演で披露され、実際に境内に神楽舞台を作って公演を行うので、本物のお祭りで見るような雰囲気を味わうことが出来ます。北上みちのく芸能まつりのなかで一番気の利いた演出のように思います。また、主に北上市内の団体により、中日の夜の郷土芸能公演に先立って権現舞の群舞が行われます。多少詰め込みすぎの感はありますが、観客の頭を気軽に噛んでくれたり、またこれから始まるメインイベントのお祓いという意味でも、芸能祭りならではの趣向です。
※神楽団体の演舞はお祭りのメインである夜の公演には登場しないことに注意しましょう。


大乗神楽(幕) (例:北上市の和賀大乗神楽)
 北上市を中心としてわずかな伝承例しか持たない希少な修験芸能です。修験道が廃仏毀釈の憂き目に遭って神道に依った形に変化する中でいまだ濃厚に密教の趣をとどめている点、手継ぎ・足踏みを中心に所作の一つ一つに呪詛の意味が残っている点などが見所です。和賀大乗神楽の『榊』、村崎野大乗神楽の『荒神』、宿大乗神楽の『魔王』、上宿和賀神楽の『庭鎮め』などが見ごたえがします。

大乗神楽(権現舞) (例:北上市の道上山伏神楽)
 大乗神楽の伝承団体のほとんどが権現舞(蛇舞)による春祈祷のみを演目としているため、夜6時半からの群舞において総覧できます。舞手を覆う幕に蛇の鱗紋が染めてあるのは大乗神楽独特です。

早池峰神楽(例:大迫町の早池峰岳神楽)
 早池峰山を霊場とした山伏達が舞った有名な山伏神楽で、みちのく芸能まつりには岳・大償両派の舞を揃えるほか、円満寺系や野口系など傍流も組み入れ、神楽の体系を分かりやすく構成しています。とりわけ東和町に伝わる両派の一番弟子の神楽座(石鳩岡・土沢)による勇壮な崩し舞は人気の的です。

南部神楽(例:川崎村の布佐神楽)
 別名せりふ神楽といい、一関文化圏に爆発的に伝承する百姓階級が舞う神楽です。舞手がせりふに哀調を帯びた節を付けて詠うのが特徴で、演目も感情の起伏の激しい劇的なものをよく選びます。みちのく芸能まつりには例年、県南地方より1団体が招かれており、また夜の公演の序盤には、北上市のみに伝わる南部神楽の『権現舞』が披露されます。

 

 その他(例:普代村の鵜鳥神楽)
 年によって北上地方に無い系統の神楽が招かれることがあります。宮古の黒森山を中核に沿岸地方に分布する山伏神楽や、一戸の三明院が広めた県北型山伏神楽、神社の神職が伝える社風神楽、秋田鳥海山信仰による番楽、下北半島の能舞、宮城陸前の法印神楽など。





U)念仏
 みちのく芸能まつりの主役は、なんといっても地元北上市の鬼剣舞です。市内13団体に加え、金ヶ崎や湯田などの近郊からも鬼剣舞伝承団体が結集し、また、岩崎や二子といった市内団体が提携を結ぶ東京、京都、北海道からの出演もあります。北上風の鬼剣舞といわれるものの全てがこの機会に結集すると見てよく、これに零れるのは花巻市の2団体くらいなもので、鬼剣舞の全てをここで見ることが出来るといってよいでしょう。また、胆沢町、大船渡市などからやや趣を事にする鬼剣舞が登場し、宮城県からもたびたび鬼剣舞に属する芸能団体の出演がありました。同じく念仏芸能として、紫波地方の大きな笠を頂いた大念仏剣舞、それを小さくまとめた雛子念仏、川井村の念仏踊りなどの出演歴があります。

鬼剣舞(例:北上市の二子鬼剣舞)
 侍袴に4色の鬼の面をかぶって扇子や刀を使って勇壮に踊る念仏踊り。岩崎剣舞の伝えたものと滑田剣舞の伝えたものの2種類の系譜があり、全部で16演目のうち、おのおのの団体が得意とする演目を披露します。初日は岩崎城での護摩法要、中日は昼夜とも市内各地で公演、特にも夜の公演の最後を飾る『一番庭』の大群舞は圧巻。個人的には大群舞に入る前にお祭り広場に響き渡るすばらしいお囃子もお勧めします。

念仏剣舞(例:胆沢町の朴ノ木沢念仏剣舞)
 鬼や夜叉、化け物の面をつけて踊る念仏踊りには、年に一回これら魑魅魍魎の姿を舞に映すことによって実際に鬼神が復活するのを防ぐという意味合いがあります。赤い猿が魍魎たちの心を静め、冥界へと引き戻すという本来の鬼剣舞の由来を見ることのできる芸能群。決してかっこよくはありませんが、グロテスクで見ごたえのする踊りです。また、これらを面をつけずに踊る趣向が江刺市に伝承されており、隔年で招かれている他、仙台市周辺の仮面念仏もよく招請されているようです。

鎧剣舞(例:大船渡市の赤澤鎧剣舞)
 大船渡市からたいてい毎年1団体ずつ呼ばれる鬼剣舞で、平家の怨霊が都落ちの義経の船を沈めようとした逸話に基づく、海岸らしい仮面念仏です。哀調を帯びた念仏歌と、囃し方の独特のいでたちに泪を誘われます。

 

雛子剣舞(例:北上市の煤孫雛子剣舞・道地雛子剣舞)
 岩手県指定の無形文化財で、大きな妻折笠をかぶった少女がきらきらした飾り物を持って素朴に踊ります。中盤には3〜4人で太鼓を囲んで飾り打ちをする『廻り胴』を披露します。

大念仏(例:紫波町の犬吠森念仏剣舞)
 5色の腰帯を振るって粛々と前に進む荘厳な念仏芸能で、餓死者を供養する意味で天保年間以降に南部領に普及しました。鐘、びんささら、つぼけ、唐団扇などの採り物を持った36人の踊り手が輪を作って踊ります。最後に、直系2メートルの大きな笠の上に3重の塔をこしらえ、これを極楽浄土として仏の来臨を歓待する『大笠振り』を演じるのが特色です。



※最初にみちのく芸能まつりを見に行ったとき、「何だ、また鬼剣舞か。」とぼやくほど鬼剣舞の類の芸能が多いように感じました。それだけ実行委員会側がこの種のものを公演のメインにしていてかなり濃密に各地の仮面念仏を見られるのですが、とくに初めてご覧になる方は、うまく会場を行き来して、り広範囲の見聞を楽しまれることをお勧めいたします。





V)鹿踊り
 鹿踊りは主に北上市の隣の江刺市に多く伝わっている郷土芸能で、太鼓系鹿踊りといいます。中日には、江刺の名物である百鹿群舞を夜の公演の中盤で披露する他、昼間は詩歌の森という記念公園のような所で各派の踊りを見比べる機会を設けています。全体に太鼓系がメインの招請ですが、毎年必ず遠野市から幕踊り系のしし踊りを1団体招いているようです

金津流鹿踊(例:江刺市の伊手金津流鹿踊り)
 江刺市を本拠に東和町方面にまで伝わっており、太鼓系鹿踊りで最も洗練された形のものです。鹿踊り公演のメインを演じる団体群です。

春日流鹿踊(例:東和町の春日流落合鹿踊り)
 伊達領の太鼓系鹿踊りが南部領に伝播したものです。東和町の落合にその本拠があり、毎年春日流の代表として出演している他、北上市内の南部流といわれる鹿踊りもこれに属するといわれています。

行山流鹿踊(例:北上市の行山流口内鹿踊り)
 北上市では一番伝承例の多い鹿踊りで、太鼓系鹿踊りの最も古い形です。行上、行作など各派に分かれており、江刺市からもこの流派の鹿踊りが多く出演します。

遠野郷しし踊り(例:遠野市の早池峰しし踊り)
 遠野市とその文化圏に伝わる13頭立ち、総勢50人超といわれる大規模なしし踊りで、しし頭のあごから釣り下がった幕を振るって踊るため、幕踊り系と呼ばれています。主役のししのほかに太刀振りや福部、扇などの「中踊り」がたくさん入るのが特徴です。南部領に伝わるさまざまな幕踊りのうちでもとりわけ特異な芸風を示すものであり、大変人気の高い芸風でもあります。見所は背負っている木の削り滓(かながら)がダイナミックになびく奇観。

その他(例:川井村の末角鹿踊り)
 遠野郷のしし踊りだけで岩手県央、県北の幕踊り系しし踊りの芸風を総覧することは難しいため、川井村や田野畑村など各地から幕踊り系しし踊りをもう1団体呼ぶケースがたまにあります。また、山形県から三匹獅子を拡張した独特の猪子踊りも多く出演しています。



W)諸芸
 ここからは少数派の紹介です。北上市内に伝承する踊りのほか、主に外から招いて公演を行う例が多いようです。とくにも中野七頭舞、三本柳さんさ踊りといった人気の団体は毎年出演し、夜の公演ではひときわ大きな人垣を作ります。ここでの公演を見て全国各地からこれら人気芸能を習得しようとする動きが生まれ、フリーク内ですごく有名な芸能に昇華したケースも多数。

田植え踊り(例:北上市の荒屋田植え踊り)
 田植え踊りは専ら北上市の団体が公演します。主に庭田植え、つまり野外で演じる田植え踊りであり、また踊り手が多くの場合少年少女であることからかわいらしさが魅力です。たまに紫波町からの座敷田植え踊り、県南方面からの鞨鼓踊りなどを招くこともあり、福島県から自奉楽を招いた年もありました。

奴踊り(例:北上市の台笠・口内薩摩奴踊り・立花八士踊り・後籐奴踊り)
 北上市内の団体による公演が多く、稗貫郡・和賀郡にのみわずかに伝承する郷土芸能です。大名行列の様を模した侍風の踊りで囃子は太鼓とかけ唄のみというシンプルなものが主流ですが、台笠のように三味線などを使って派手にはやす場合もあります。影は薄いですが実は結構希少な伝承例なので、見逃さないよう心がけましょう。

太神楽(例:北上市の鳥喰太神楽)
 伊勢信仰に基づき、御師たちが皇太神宮代参の意味合いで初穂の礼に踊った獅子舞を中心とする芸能です。北上市の太神楽には獅子舞に加え、扇子を持って陣羽織を着て踊る「囃子舞」が伝承しており、これらをセッションして中日には昼夜様々な公演場所で披露し、夜の公演では群舞も行います。諏訪神社の神楽舞台にも出演するようです。見ものは鳥喰太神楽が県内では唯一伝える『石駄舞』。

さんさ踊り(例:盛岡市の三本柳さんさ踊り)
 盛岡市から招いた三本柳さんさ踊りが人気です。もともと南部領、特に盛岡城下に爆発的に広まった太鼓を胴に括り付けて踊る盆踊りで、激しいリズムとおおらかながらしなやかな曲線を描く舞ぶりに見ごたえがあります。この他、北上市内のさんさ踊りの公演もあり、盛岡広域のものとは一風違った穏やかな雰囲気の下藤根さんさなどが見ものです。

七つ踊り(例:岩泉町の中野七頭舞)
 七つ踊りは県北型と沿岸型に大別されますが、みちのく芸能まつりに登場するのは専ら激しく細やかな動きが魅力の沿岸方の七つ踊りです。東北本線の沿線筋でこの種の七つ踊りを見られる機会は少なく、内陸型よりも引き締まったさわやかな囃子に乗って次々と繰り出される妙技の応酬に、みちのく芸能まつり一の人垣が感嘆の声をあげます。農民が荒野を開拓する苦心と喜びを7種類の宝物を使って演じます。

虎舞(例:釜石市の片岸虎舞)
 主に大槌町や釜石市から「釜石型」と呼ばれる虎舞が1団体出場しています。歌舞伎狂言の虎退治から所作したものであり、専ら虎が暴れまわる様子を獅子舞仕立てで演じていきます。小気味良い派手な囃子と威勢のいい掛け声が快く、荒ぶる虎が笹の枝をかんで牙を研ぐ『ササガミ』でクライマックスを迎えます。

神楽芸(例:安代町の折壁日泥先祓)
 県北の芸能枠。安代町と隣県の鹿角市に伝わる先祓い踊り、岩手町の川口狐踊りなどが例年登場します。いずれも幅広い年齢層のエネルギッシュで軽やかな踊りが魅力です。

駒踊り(例:種市町の角浜駒踊り)
 岩手県北部特有の芸能で、種市町の駒踊りがよく出てきますが、大野村や岩手町、滝沢村などからも招請されたことがあります(原則1団体)。馬の作り物で腰の部分を覆った踊り手が、軽やかに馬のステップを真似ながら素朴に踊る芸能です。戦の様子、調教の様子、野馬取りの様子などをあらわしています。

その他(例:秋田県の一日市願人踊り)

 主に県外から招かれた団体の公演は岩手にはない芸を演じる場合が多く楽しみです。八戸のえんぶり、津軽半島の荒馬踊り、南秋田の願人踊り、二本松の七福神踊りなどが出演しました。



 以上、実に多岐にわたる郷土芸能を一同に楽しむことのできる、非常によい機会です。配布パンフレットもすごく凝った内容で、この場に限らず岩手広域の郷土芸能事情に限りない興味を抱かせてくれる素晴らしいものでした。あまりに内容が濃いため、特に夜の公演ではどれを見たらいいか迷っているうちに15分の公演時間を次々とスルーしてしまうという悲しい事態に陥らないように、あらかじめどれを見たらよいかきちんと計画を立てた上で動くことが大切です。




※北上の山車祭りについてはこちら @ A B






文責:山屋 賢一

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