秋田県角館町 角館祭りの山行事

 



 国指定無形民俗文化財、角館祭りのやま行事は、毎年9月7、8、9日の3日間、昼夜通して盛大に行われます。夜明かしの習慣を持つ祭礼として大変貴重であり、諸所に古い山車祭りの形態をとどめている点と、町自体の雰囲気がそれに和した風情を醸し出している点に惚れ、今後毎年通おうと思っています。なんにしてもほかの地域の山車祭りで、私がこれほど気に入ったものはありません。南部流の山車ファンの方々にもきっと気に入っていただけると思い、紹介します。

五条の橋 牛若弁慶
●山車の明かり
 9月9日夜7時過ぎ、角館駅に到着した私の耳にうっすらと聞こえてくる飾山囃子(おやまばやし)。山車の休憩時にも絶えず囃されるのは「道中囃子」というもので、心なしか江戸風の雰囲気のある粋で渋いお囃子です。山車の姿も、遠望するとうっすらとしか見えません。照明は山車の手前にともした2本のガスバーナーのみ、山車の各所に釣り下がった提灯がそれに和す形でささやかな明かりを山車に与えています。これだけなのに、近くによると人形の姿が鮮やかに浮かび上がるから不思議。もちろん、種はあります。表からは絶対見えない位置に電球照明がしつらえてあって、これがさもガスバーナーからくる灯りであるかのように山車を照らしている。とはいえ、山車の照明を極力ないように演出するという発想自体、岩手では考えられない逆転の発想で、なるほど昔の山車はこんな風に照らされていたんだなあという説得力があります。



助六の送り『朝顔仙平』
●角館の山車
 角館の山車は人形が表に2体、身の丈およそ180センチで、生身の人間よりちょっとだけ大きめに作ってありますが、観光パンフレットで見るように小さい感じはせず、山車の主役として十分に作用しているなあと感じました。これも照明効果の一環でありましょう。人形は必ず2体と決まっていて、歌舞伎に取材したもの半分、武者・合戦もの半分となっていますが、合戦ものでは歴史上の名合戦を描くうえで代表的な武将を並べて配するという独特のデザインが主流です。この形式を観客に浸透させるために、おのおのの人形が何であるか、きっちり立て札が立っています。たとえば室町時代の応仁の乱(ひとのよむなし〜1467年〜でおなじみ)を飾ったもので、東陣の細川勝元と、西陣の山名宋全が睨み合っていたりといったような。このタイプで、主に戦国時代の合戦が描かれ、背景には旗指物や陣幕、かぶとなどを飾ります。川中島の合戦でもこういう描き方になり、謙信も馬に乗らずに信玄に斬りかかります。歌舞伎ものもこの形式でいっていますが、いずれ人形の塗りがすばらしく丁寧で、表情が活き活きしているのが魅力。平均的に出来がよい、というのもすばらしいと思います。
見返しには送り人形といって、道化の手作り人形が飾られますが、こちらはお粗末な物が多い。どうしてこんなにも表裏で出来が違うのかというと、表の人形は業者、職人に発注し、送り人形は自分たちで作るからなんだそうです。まあ、バランスが悪いながら、このことが角館に18台もの山を出させるひとつの要因になっている気がします。
 山車の装飾については、反古にした竹細工に暗幕をかぶせて山を作り、これに紅葉か桜を飾って彩りを添え、下には枯草を敷くという単純なもので、夜に提灯を引っ掛けるための台を上にしつらえる場合があります。そういう飾り方だからこそ、ささやかな照明が似合う。人形の前の部分には踊り舞台があり、あでやかに着飾った秋田おばこが「挙げ囃子」を舞いますが、これは南部流の音頭挙げに通ずる発想であり、各町の関所や大枠の寄付もとなどで踊られます。人間業とは思えないほどしなやかで優美な舞姿には、いつまでも見とれてしまいます。地車は木製で、簡単に言うと巨大な滑車のような外見。前部に「○○若者」と山車の演題の表札を立てます。



●やまぶつけ
 角館といえば、やまぶつけで有名ですが、これは主に9日の深夜、山車同士に道を譲る譲らないでの争いで、山車同士を突き合わせて前に部分をどんどん上にあげていきます。「よいさのやあ」という威勢のいい掛け声と笛の音、両者の引き手たちが山車を向こう側に引いて勝負しますが、これが長いの何の、約3時間ほど山車が組み付いたままなんてことはざらで、ぶつかったまま一時放置し、休憩をとっているなんていう不思議な光景も見られます。そもそもぶつかるまでが相当長い。明らかに一本の道のうえに2つの山車がいて、ぶつかるか道を譲るかという状況にあるにもかかわらず、戦前の静けさというか、睨み合ったまま1時間ということもしばしば。観客は巧みにかぎつけて、ぶつかるであろう位置に陣取って待っています。往時は人形の装飾具である槍や刀などを取り外して争ったりもしたようで、本気の喧嘩になってしまうこともたびたびだとか。観光客だからといってぼんやり間近で見ていたりすると、うっかり巻き込まれてしまいますのでご注意。
 そもそもどうして角館の人々が道譲りにこれだけのこだわりを見せるかと言えば、角館の山車が一度小屋を出たら決して同じ道をたどってはならない、初めてとおる道だけで3日後無事に小屋へとたどり着く、そういう美学があるからであり、このルールを始め、角館のお祭りには沢山の昔ながらの掟が残り、現在も厳格に守られているのです。



●張番と町並み
 各町にはススキや樅の葉で飾った仰々しい関所があり、各山はここに神様をお移しして祭礼を行うため、ほかの町の山が町に入ってくるときには必ず関所に丁重な儀礼を尽くさねばなりません。また、関所前には必ず挙げ囃子を奉納します。関所は張り番とも呼ばれ、観光客がとりわけ目を惹かれる光景になりますが、そのほか、大変粋な塗り方をされた高張り提灯や、そもそもの武家屋敷の町並み、江戸時代の秋祭りを見るような不思議な雰囲気に包まれて、タイムスリップしたような少し得な気分を味わうことが出来ます。私のように列車をたどって見物する場合、9日の終電に乗って角館に入り、翌朝まで町を彷徨するわけですから、色々と食べながらでないと風邪を引いてしまいます。そういう客を計算に入れてかどうか、角館祭りに出ている食べ物は皆、少しだけお高くなっている。といっても500円を超すようなものは売っていませんが、500円のそばを5杯、6杯と食べ、ほかのものにもあれこれ手を出すうちうっかり2万3万使ってしまうことがあり、注意が必要でしょう。近年規制が出来て午後2時には山車は小屋へ帰らなければならなくなりましたが、これまで書いてきたようないくつもの古い格式の中で運行する山車が、そうそうやすやすと小屋入りできるわけはなく、結局白白と夜があける頃まで、山車は自分たちの本拠に戻ることが出来ません。各通りには山車が3台くらい連ねて止まっており、これが時間を追うごとに少しずつ代わっていくわけです。あせらずゆっくり、一つ一つの山車を吟味しながら食事を楽しみましょう。



●10日の朝
 さて、白白と明け行く夜。やっと山車を囲む面々の表情に疲れの色が見え始め、戦意むきだしでにらみ合っていたぶつけ山もどちらからともなく引き始め、それにあわせて駅前から繰り出される山車も、駅へと向かってゆっくり進んでいきました。最も辻辻で祝儀先への挙げ囃子を挙げ、これは深夜早暁のことになるためシャッターを閉め眠っている家庭も勿論あるわけですが、おばこたちは律儀に一つ一つ舞を納めていきます。夜のかすかな灯りに照らされた彼女たちの艶かしさは、今度は素晴らしく澄み切ったけなげさに映り、いずれもそのしなやかな指の乱れることなく、「この娘たちはやっぱり、プロなんだなあ。」とあらためて感心してしまいました。山納め、駅前通りは午前5時過ぎ。それから1時間は町内の祭りの残り香を味わいながら、もっぱら置き山を眺めて過ごしたと思います。置き山は駅前と町内2ヶ所に設置され、高さは約20メートル、やはり素朴な飾り付けなものの、見上げる迫力には寝不足の私の目をかっちり開かせるものがあり、なかには通りと通りに橋を架ける形でパノラマを開いている例もありました。「なるほど、ここもまた山車の町…。」その感慨は、のぼり来る朝日と同じくらい、神々しくて飛び切り美しいものだったように、記憶しています。

 

 

 


日程概要
●9月7日    午後4時から午前3時位まで18台の曳山が神明社参拝
●9月8日    午前10時〜午後4時頃まで18台の曳山が佐竹北家上覧
●9月8・9日  18台の曳山が薬師堂参拝(各曳山によって時間が異なる)
●9月8日    観光用やまぶっつけ
●9月9日    夜更けから町内随所でやまぶっつけ本番
●9月10日   駅通り若者の納車時刻 午前5時

※飾山は3日間昼夜問わず動きっぱなしです。※




アクセス
●JR田沢湖線角館駅下車 (盛岡駅発1800・角館駅着1930

 

 ※秋田・山形の人形山車まつり一覧

 

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