志賀理和気神社(赤石神社)例大祭日詰まつり2018
※南部流風流山車の『景清』(執筆・調整中) 景清に暫が混じって派手になって、山車的には裸人形の要素が加わる従来に無い題材である。牢破りをこの姿でやって、その後鏡餅に乗って見得を切る…らしい。左右に葉も出て、新春歌舞伎らしい・海老蔵歌舞伎らしい一景。 定番を嫌うのがこの組の常であったが、今回はド定番を攻めた。端正だが既視ありありの出来…と思いきや、 なぜ弁慶が巻物でなく杖なのか、二人形の目線から考えてみた。
平家再興 みずから縄を 受ける景清 歌舞伎見得
成田屋十八番の 景清歌舞伎 三味線(しゃみ)の音色で 幕を引く
たぶん五右衛門あたりからだと思うが、「これが上組の最高傑作だ」と毎年言っている気がする。来年もそう言うのだろうか。これ以上に良い山車が、あり得るのだろうか。あえて傷を探すなら桜は赤い桜のみでよく、赤い桜ならば見返しの色味に多少のメリハリが出た。
見得のすがたも 元禄夢想 花の舞台の 決めの型
(見返し)曽我の五郎が 外郎売に その身やつして 時を待つ
パレードの夜、町場のだいぶ向こうの方に、目一杯四角い素襖を開いた暫の姿があった。今までに無い実に雄大な景であった。開閉時、半分ばかり大三升が回ったのも味がある。
外郎売も、薬籠を花が隠したりしたため、左右に袖の菱形が見えてこそのバランスと思う。楽しんで山車を作り、楽しんで見せるのがこの組なのだ。
ともに仁義を 尽くせる武者が 関の扉(とびら)に せめぎ合う
弁慶忠義に 富樫も濡れて 扉を開く 安宅関
富樫は義経をにらんで、呼び止めている。
弁慶は「ああ、まずいな」と、それでも冷静に、その場を何とか押さえようとしている。
当の義経は盆のはるか先に、概念としてだけ在る。
…なるほどこれは「義経がばれる場面の勧進帳」であり、その後の最佳境へ向かう序曲であり、あくまでも富樫が主役の勧進帳なのだな。
誉(ほまれ)を急ぐ 元禄見得は さだめを知らぬ 車前
(見返し)赤の絹糸(けんし)も 絢爛なれど 道真思いて 出る涙
人形部分が著しく小さいのだが、貧相な感じではない。ここ数年の感じで言えば塗り方もまずまずだし、刀で車を止めた感もある。
盛岡山車のそもそもの構成からいって、梅王と牛車の位置・バランスをこのように納めるのはほぼ無理なのだが、だからこそこうした試みが出来るのはこの組だけなのだと思う。空いた部分は確かに多いが、それが主役の赤を際立たせているし、牛車の黒塗りを深めてもいる。松の色が、昼夜大変美しかった。
見返しは一目ではっとした。これは泣いている姫で、自身の恋で父を苦境に立たせたやりきれない嘆きがきっちり乗っている。
写真・文責:山屋賢一(やまや けんいち)/連絡先:sutekinaomaturi@outlook.com
岩手県紫波郡紫波町日詰 平成30年8月31 日(金)・同9月2日(日)
/同岩手郡葛巻町 同9月22日(土)・同久慈市 同9月23日(日)
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