八戸三社大祭とその周辺の山車

 

 

 

 

八戸市 (青森県) 新羅神社・龗神社・神明社

 

 7月31日から8月4日まで、登場台数は27台。旧南部藩領内では初めて国の重要無形民俗文化財に指定された山車行事である。東北夏祭りシーズンにあわせて日程を8月上旬に移し、仕掛け舞台と大量の人形を使って山車を大型化し現在に至る。
 7月31日の夕方から夜にかけては「前夜祭」と称し、完成した山車をメインストリートや市庁前広場に集めてお披露目をする。翌1日と3日は日中に合同運行、2日は夜間合同運行を行う。街路を運行する際は仕掛け部分を内側に閉じて電線等を避け、広いところに出ると仕掛けを開く(全開状態で高さ約15メートル)。人形は高いところへ上がっても映えるように、大きく豪華な髪飾り等できらびやかに飾られている。
 主な演題に、波の絵や針金製のシブキを多用した源平合戦、迫力ある鬼の面を中心部にいくつも配した大江山などがある。六日町なら七福神、十一日町なら三国志…と得意演題をもつ組もある。
 写真は八戸市庁の山車「娘道成寺」で、清姫の七変化の様を全て舞台に上げ、中央のセリに蛇になった清姫を配している。
(平成13・14・16・17・19〜年見物)

 

※実際に見に行ってみて

※【郷土芸能】八戸の冬のお祭り「えんぶり」(豊年祭り)

 

 

岩手県北沿岸 

久慈市 (岩手県) 大神宮・巽山稲荷神社・秋葉神社

 

 9月第3金土日、登場台数は8台。山車行事は八戸祭りに倣って戦後に始まり、初見の平成15年には6台が八戸からの持ち込みで、め組・備前組が自作山車であった。平成20年時点で全ての組が自作化し、これに伴い八戸市内の山車組みの指導や久慈市からの資金援助が行われている。
 久慈の山車囃子は八戸とは異なる独特のもので、仕切り役の大太鼓が山車の進行方向に向けて撥を構えるようにたたく。仕掛けを開くときには盛岡の「あげ太鼓」と似たリズムの特別な囃子をはやす。八戸と違い、久慈では山車を止めての音頭あげをパレード中に頻繁に行う。祭典初日は夜間運行、3日目は日中運行で、中日は山車の運行が無く各家々を山車を伴わずに花回りに出る。
 市内中心部の道の駅「やませ土風館」には、秋祭りに出場した山車1台が常設展示され、全開状態の迫力ある姿をいつでも見物できる他、各組の昔の写真や手拭等もたくさん展示されている。
 写真は自作組の最古参であるめ組の「加藤清正」。(平成15・20・22〜年見物)

 

実際に見に行ってみて



 

※市内山形町では毎年8月18日(平成23年は第4日曜)に「ガタゴンまつり」を行い、山車を運行している。この山車は、ふだん道の駅に展示されている「怪獣ガタゴンの卵」を御神体として祀ったもので、笹で囲んだ卵の四方に柱を立てて松・椛・桜を飾る。背面に鳥居があり、賽銭箱持ちが山車に先行する。近年は仮装した「生き人形」が乗ったり、久慈秋祭りに使った山車人形の一部を飾ったりと工夫を加えているようだ。
 山車の出発は午後3時で、久慈川沿いの川井商店街を1時間ちょっとかけて下る。太鼓と掛け声は久慈風だが、音頭は二戸・九戸・軽米と同じ沖上げの節で、山車の運行前も「響友会」が家々を回って門付けをしている。運行中は歩いたまま上げることも、山車を止めて上げることもある。
 山車運行のほか、大黒舞や盆踊りのパレードも行われ、夕方以降は道の駅でステージイベントを夜半まで行う。出店は主に道の駅に並ぶ。

(平成23年見物)

 

 

軽米町 (岩手県)  八幡宮

 

 

 本来は9月15日から3日間の祭典だが、近年はそれに近い土・日・月曜に開催されている。うち中日は全く山車が動かず、初日と最終日のお神輿が動く際に行列に「奉供(ほうきょう)」する。
 山車は遅くとも大正2年には祭典に参加しており、大正団・芙蓉団が古参、協誠団がこれに続く。もともとは全て自作の山車であり、前年の人形を八戸三社大祭に貸したこともあるらしい。昭和40年代前半以降は全て八戸からの借上、平成に入ってからは八戸山車の大型化や道路事情により、岩手県北・青森県南の自作地域から雑多に借りられるようになった。八戸山車に馴染み魅力を感じる町民が多く、近年は再び八戸借上に戻る町内も出てきている。貸し出し常連は昔話ものが得意な上組町と名手の売市、この他山車を丸ごと貸せなくなった八戸側の事情もあって、三社大祭の趣向の一部を切り売りし軽米で新たな山車として組みなおす例も出てきた。囃子は、参集時は八戸の変拍子に聞こえるが、行列のお供の時は6台一様に久慈囃子の変化形に聞こえる。
 写真は下新町大正団の「大津絵道成寺」で、大津絵に登場する弁慶や寿老人などを配した売市山車組の作品を、自前の台車に飾ったもの。
(平成13・18・21〜24年見物)

 

※実際に見に行ってみて

 

 

旧大野村 (岩手県) (なる)(いかづち)神社・雷神社

 

 祭典は毎年8月17日から19日まで開催され、中日の18日には「北奥羽なにゃどやら大会」が行われる。山車は2台で、八戸から買い上げる年もあるが、近年はおおむね自前製作されている。下組旭光団は八戸市吹上山車組みの人形を一部利用した時期もあった。どちらの山車も飾りの下に注連縄を張るのが慣例である。
 山車の運行は2つの組とも17・19日の午後3時ころからで、16日の前夜祭山車お披露目会や最終日夜の「別れ太鼓」など夜に見せる機会も多いため、電飾を伴っている。山車の前には浴衣姿の金棒引きと、横旗持ちが先行する。お囃子は久慈よりは八戸に近いが、引き回す際に大野独特の掛け声があって独自の盛り上がりを見せる。18日は中日で祭典行事は無いが、なにゃどやらパレードの前後に山車が自主運行し、繁華街に留め置かれ披露される。
 写真は上組新興団の「一寸法師」の山車で、八戸上組町から買い上げたもの。雨よけのビニールが山車全体ではなく、個々の人形にかかっている。

(平成15・22・23年見物)

 

※実際に見に行ってみて

 

※元の隣町、現在は同町内となった旧種市町でも、夏祭りに数台の山車が出る。ただし伝統的な山車ではなく「更新制モニュメント」ともいうべき自由な作風のものであり、お囃子も団体ごとにバラバラである。(写真


 

 

野田村 (岩手県) 愛宕神社

 

 のだ観光祭りはもともと8月24日から26日まで開催されていたが、平成18年から付近の金・土・日に設定され8月の最終週末に行われている。山車は初日と最終日、交通規制のかかる正午から夜の7時頃まで運行する。中日は山車は動かず、YOSAKOIソーランのイベントなどが行われている。
 登場する3台のうち下組の1台は自主制作で、八戸流の縦横に開く山車である。昭和28年に水車小屋と稲架を飾って戦後初の山車を引き出し、組の歴史を綴った記念誌を発行している組でもある。上組・中組の2台は二戸の平三人形を上げるが、規模や台車の形は八戸の山車に近く、3台とも街路をすっぽり埋めてしまう幅である。囃子は進行拍子・停止拍子に角を曲がるときの曲を入れた3曲で、3つの組でほぼ統一されており、角を曲がるときの曲が最も激しい。鉦は無く、拡声器は伴わない。
 初日は大型の八戸山車が全開の状態で愛宕神社の大鳥居をくぐるところが見所で、3台の山車は常に一緒に動き鳥居前広場を何度か通過し音頭を上げる。花もらいは山車を伴わず10人程度で各戸を廻り、八戸や久慈と同じ祝い音頭を上げる。以前は前夜祭があったが、現在は最終日の夜6時に町の三方から鳥居前に山車が集まり音頭を上げる「山車の競演」を行い、この時電飾された山車が見られる。
 写真は中組の山車で「岩見重太郎のヒヒ退治」、二戸平三山車の拡張版である。
(平成16・17・22〜年見物)



 

実際に見に行ってみて

 

 

普代村 (岩手県)  八幡宮・北の股神社・鵜鳥神社


 9月第1金土日に開催(以前は第4週であった)。上組・中組・下組のうちいずれか2組から山車が出て、初日は午後4時半から8時過ぎまで、最終日は午後1時半から6時近くまで運行する。
 普代村では昭和48年ごろから、八戸の山車を借りて秋祭りに使うようになった。囃子は八戸ではなく久慈・野田に近い。どの組もほぼ同じお囃子である。平成20年から町内山車組による山車の自作が達成され、なかなか見事な山車が作られている。
 写真は大江山酒呑童子退治を表したものだが、このような大きな鬼面を多用する作法が八戸の鬼ものの特徴である。十六日町の山車を下組が買い上げて運行。

(普代村役場からの情報提供を元に記載・見物は平成18・22・23年)

 

※実際に見に行ってみて

 

青森県三八上北 

三沢市 (青森県)  薬師神社・不動神社・雲龍大権現


 8月第4金土日に開催、登場台数は15台で金曜が夜間合同運行・日曜午後が日中合同運行である。
 三沢では長らく八戸市より山車を借り上げてきたが、交通事情等の問題により平成15年から各町自作に転向した。八戸に近い規模・構想で作っているところと、やや小規模で独自の工夫を入れているところとがある。伝統的な枠組みを越えて国際色豊かな演題も採り入れられており、平成16年にはアニメの「ワンピース」や「古代オリンピア祭典」の山車が登場した。
 囃子は八戸とまったく同じだが、停止拍子は三沢独特のものである。音頭も八戸風だが、受けは入らない。
 写真は「安倍晴明」の山車で、人形は等身大より少し小さいものを使っている。
(平成16・22・24年見物)

 

※平成22年三沢まつり写真帖

 

 

五戸町 (青森県)  稲荷神社・神明社・八幡宮

 

 8月最終金土日。登場台数は8台。八戸と同じような山車を自前で作っており、昔は八戸に人形を貸したこともあるという。人形については菊人形を意識させる八戸のものとは違い、素朴な表情のものが多いが、色彩・場面構成は八戸山車とにている。山車の前の部分に軒花を飾っているのが特徴。八戸と同じような囃子で、早太鼓や乱打を山車を向かい合わせに止めた状態ではやす「けんか太鼓」を中日の夜に行う。祭礼後は六戸町や百石町に五戸の山車が貸し出されているようだ。
 写真は「八岐大蛇」の山車、中日夜の喧嘩太鼓にて撮影。
(平成16年見物)

 

 

十和田市 (青森県) 三本木(さんぼんぎ)稲荷神社

 

 9月第2金土日に開催。上十三地方では「青森南部最大の祭り」と評判が高い。山車の前に、はやし方のみを乗せる「太鼓車」が付くのが特徴で、基本的に山車にははやし方を乗せない。山車は八戸からの借り上げが主流だったが、山車輸送に物言いがついて以来、太鼓車のみでの運行や山車の自作が進んだ。囃子は八戸とも上北広域とも異なり、手平鉦が一対伴われ、たたき方に創作太鼓のような雰囲気がある。
 写真は牛若丸の太鼓車で、後方に見えるのが山車(町内自作)。
(平成16年見物)

 

 

 

東北町 (青森県) 高山稲荷神社(上北)・乙供神社(乙供)

(上北秋祭り)


 旭町、上野、花向町、本町、新町、南町、栄町、新山の8台が登場。8月最終金曜日から日曜日までで、最終木曜日は前夜祭、合同の行事の際に集合場所に集まる時は、囃子をかけず引き子も付かず、トラック牽引にて搬送する。
 もともとは八戸からの借り上げだったが、平成15年から全ての町内で山車を自作するようになった。等身大よりやや小さい人形を使うところが多く、左右の回転台や上部の折込の仕掛けなどを八戸から学んでいる。人形を振りながらせり上げたり、部分的に動かしたりする工夫は、八戸には見られない上北独特のもので、前夜祭太鼓競演会にて楽しむことができる。見返し部分にほとんどの町内が人物を飾らず、明確な場面設定も無い場合が多い。
 囃子は八戸とは違い、大太鼓がしなやかに体を伸縮させながら踊るように叩く。上段下段で大太鼓を並べて据えている場合、特にこの美しい奏法が映える。「新町いちばん、最高」などと掛け声がかかり、運行中は盛り上がると早太鼓になる。
 写真は前夜祭にて撮影した山車の見返し。演題はついておらず主題も判然としない。鬼面の意匠は八戸に酷似している。
(平成17・19・24年見物)

 

実際に見に行ってみて

 



(乙供:日本の中央たいまつ祭り)


 9月第2木曜から4日間開催。木曜日は前夜祭で太鼓競演および山車の夜間運行、本祭では中日を除く2日間山車の合同運行がある。元町、中野組、坂下町、緑町、表町、新町、本町の7台が登場、七戸や上北町からの借り上げと見られる作品が多かった。山車そのものの囃子は上北秋祭りで演奏されるものとまったく同じで、大太鼓のたたき手の舞うようなダイナミックな奏法がすばらしい。「元町元町元町わっしょい」などと掛け声がかかる。必ず山車の前方に神楽拍子が付属しており、これは野辺地祇園祭で見られるものとまったく同じである。山車は一部左右上下に開く仕掛けを伴うものもあるが、ほとんどは変形しないまま運行し、狭い路地を縦横に回れるサイズである。見返しは総じて絵馬を飾っており、人形飾りの見返しはきわめて少数である。乙供の町は、駅および乙供橋のかかる川を中心に細かく入り組んでおり、午後2時過ぎに始まる合同運行では橋上をわたって行列が何度も中心街を行き来し、約2時間余すところなく繁華を巡って盛り上がる。
 写真は本町の山車「静御前」で、有名な頼朝面前で舞う場面。笛を吹いているのは、後に曽我兄弟に討たれる工藤祐経。
(平成19年見物)

 ※見物時写真

 

六戸町 (青森県)  犬落瀬熊野神社


 9月第1週末開催。八戸借り上げであったものが平成15年を境に自主制作に転向したものと思われる(現在は1団体が八戸借り上げ・五戸から数例?)。昔話や妖怪退治の題材が多く、どの山車にも必ず仮装行列が先行する。汐汲み・藤娘など歌舞伎踊り装束の少女たちが引き子を先導するのも特徴である。囃子は八戸の旋律がやや素朴な風合いに変化したもの。
 写真は筆者見物時に一番印象的であった、大きな熊を相撲で負かした金太郎の山車。
(平成18年見物)

 

南部町福地 (青森県)  苫米地神明社


 9月第2週末開催、苫米地町内会の上町・中町・下町・後町からそれぞれ山車が出る。山車は日曜日の午後に合同運行後、お祭り広場にイベント終了まで展示される。夜間に及ぶ為、どの山車も少なくとも表には電飾を凝らす。左右上下に開く八戸流の大型の山車で、取材時は登場した4台のうち1台が八戸市城下山車組の人形を再構成したものであった。各作品ともさまざまに工夫が凝らされており、人形はすべて菊人形風知恵蔵頭、八戸流派の自作山車としては相当技術の高い部類に入る。お祭り広場到着時点で引き手・おはやしの子供たちは解散となり、祭典終了後は大人たちにより無音で山車が引かれ、車庫へと戻る。
 写真は中町の「風林火山」で、山車の後ろが丸ごとゆっくり回転するという大掛かりな作品。
(平成19年見物)

 

 

おいらせ町下田 (青森県)  三田伏見稲荷神社

 

 9月最後の土曜日曜にJR下田駅前をメイン会場として行われる、青森県南ではもっとも遅い時期の山車祭りである。三田伏見稲荷神社の神輿渡御に、北組・間木山車組・三田南組・三本木実行委員会の4台の山車と、本村獅子舞、本村鶏舞、各種手踊りやブラスバンドなどが随行する。
 下田の山車は八戸流のせり上げ舞台を伴い、太鼓や音頭もほぼ八戸流で統一されているが、人形は生身の人間の仮装によって補う「生き人形」である。一台の山車で表に4〜5人、見返しに2人程度乗り、観客の多い駅前などでせり上げをし、生き人形は飾りに見合ったポーズをとる。人形と同じようにずっと同じ姿勢を守る生き人形もいれば、踊ったり餅を蒔いたりする生き人形もいる。パレード出発場所までは無人・無音で山車を動かし、出待ちの時点で生き人形が乗り込む。あとはパレード終着地点の稲荷神社までずっと乗ったままでいる。
 パレードは午後2時に出発し、駅前ロータリーを一団体が回りきるまで次の団体を出発させないため、全部通り終わるのには2時間近くかかる。専門の司会も付く。山車はロータリーで開いた時に下田独特の停止拍子を披露する他、組によっては創作太鼓風のものをたたいたり、仮装行列を先行させたりする。
 駅隣にはたくさん出店が出て、各種肉料理や味付きこんにゃくの他、ラーメンやカレーライスなど定食系のものを提供する店舗も多い。下田駅前は身動きできないほどたくさん人が出る。
 写真は間木山車組の「娘道成寺」、稲荷神社前にて。
(平成22年見物)

 

 

七戸町 (青森県)  七戸神明宮

 

 9月最初の金曜から日曜にかけて、町内から17基の「絵馬型風流山車」が出てにぎわう。山車の祭典参加は昭和3年、時の町長の山車作り奨励によるものといい、仮装行列は山車に先立って祭典に取り入れられていた(大正中期から)。見返しに町の名物である南部小絵馬を大きく作り、人形は飾らない(非更新?)。表の趣向はせり上げ・拡張を伴うものと伴わないものとがあり、八戸から一部人形を移入したように見える山車もあった。一方で「洞窟の頼朝」「平治の乱」など、七戸ならではの凝った演題に取り組む山車組もある。せり上げなど仕掛けの披露は行列中こまめに行われ、山車はほぼノンストップで運行する。
 山車の太鼓は「普通」「早太鼓」「休み太鼓」の3種で、東北町上北の囃子とまったく同じである。花形の大太鼓には祝儀が貼ってあったり、色鮮やかな布団がかけてあったりする。上北地方の他の地域と同じく、集合場所まで無人の山車をトラック牽引で運び込む。初日は2時半・中日は夜の7時・最終日は1時半から合同運行をし、運行終盤で山車同士を向かい合わせて「けんか太鼓」を行う。行列は神明宮の他にも、町内の主要神社をめぐるようだ。
 写真は野々上町内会の山車「三十三間堂」。
(平成24年見物)

 

 

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※八戸借り上げの山車まつり事例

(メモ:各地に貸し出されている三社大祭の山車:祭典開催日順)
★大野村:上組町・十六日町
★野田村:十六日町
★五戸町:廿六日町
★六戸町:十六日町
★普代村:十六日町・塩町
★十和田市:吹上・廿六日町
★軽米町:上組町・売市・根城新町
★百石町:新井田・朔日町・下大工町・糠塚・鍛冶町・根城新町・柏崎新町
★久慈市:吹上・塩町・廿六日町・類家・売市


 

●八戸山車の借り上げ

 八戸三社大祭は8月の上旬と早く開催されるため、祭典終了後に近隣市町村へ山車を貸し出すという風習がかなり前から行われていた。八戸の山車貸し出しは岩手県北部および青森県南部の山車行事を支える大きな役割を果たし、結果青森県南部地方は東北で一番山車奉納台数の多い地域となった。各地の祭礼のほかに、スーパーマーケットやデパートなど人が集まる場所にも、客寄せに山車が借りられてくることがあるという。

 県境を南に越える岩手県の山車祭りでは、久慈市を中心に九戸郡での八戸山車借り上げが多い。約六百年の歴史を持つといわれる岩手県久慈市の秋祭りは、一般に県北地方最大の新嘗祭として名高く、実質大型の八戸系風流山車八台の競演はその規模を十二分に感じさせてくれる。(現在は市内山車組による自作山車)
 岩手県内では他に、軽米町(かるまいまち)、野田村普代村大野村(現洋野町)に八戸の山車を持ち込む山車祭りがある。

 大野村の鳴雷(なるいかづち)神社祭礼に出る山車は、地元有志が作ることもあれば、八戸の山車を買ってくることもある。山車を出すのは上町新興團、下町旭光團の二団体で、団体名が「組」ではなく「団」を名乗っているのは軽米町とも通じる。九戸郡独特のものである。八月十七日からの三日間の祭礼のうち、中日は近年「北奥羽なにゃどやら大会」として県内外から盆踊り団体を含め、多くの観客を集めている。
 普代村のふだいまつりにも八戸から二台の山車が買い上げられて運行するが、こちらは囃子、引き方の作法とも久慈市の例に酷似するものである。もとは久慈に持ち込まれた八戸の山車を、さらに普代へと南下させていたが、現在は普代まつりのほうが早く開催されているため、直接八戸に買い上げに行くという。昭和四八年までは三社大祭と称して地元で製作された三台の山車が運行していたが、現在は途絶えている。
 野田村の山車は三台で、うち二台が前述した二戸の山車で、もう一台が八戸買い上げの山車である。(現在は手作り山車に以降)二戸持込の山車は、飾りを解体した状態で持ち込まれ、地元祭り組の持っている台車に組み上げられるが、台車の幅や装飾方が、三つの組とも八戸の形を顕著に反映している。
 軽米町では、二戸、一戸、八戸と三様の山車が並び引かれる。各々の借入先の運行方が地元山車組に影響しているようなことは無く、大きな人形の山車であってもたくさんマネキン人形を使った山車であっても、概ね共通の囃子で引かれている。何処の地域から借り入れるかについては、時代時代で変遷があったようだ。

 以上のように、岩手県北部を中心に八戸より南に位置する借り上げ先については、運行方法、とりわけ囃子が八戸とはかなり違う趣である。逆に八戸の北側では、囃子も掛け声も八戸とまったく同じ形で山車が引かれている例が多い。

 八戸山車の最大の借り上げ先といえば、三沢市である。八戸と遜色のないほど山車の台数が出る三沢まつりは、山車の輸送に警察の規制がかかった事情等もあって、平成十五年よりすべての山車組が八戸から山車を買うのをやめた。自作に転向したのである。運行の際にかかる囃子言葉「よーいよーい、よいさーよいさ、よいさのせ」はじめ、笛の旋律もすべての組で相違なく、八戸とまったく同じものを用いている。その上八戸の山車が持ち込まれていたのであれば、往時は完全に「八戸三社大祭の出張」であったのだろう。平成十六年現在のおのおのの山車の仕上がりを見れば、まだ発展途上の組が殆どである。衣料用のマネキンを使った小ぶりな山車がほとんどだが、原始的な競り上がり舞台を備えるものも、中には見られる。一台だけ、三戸の前年の年の人形を買い上げている組があった。ミッキーマウスやワンピース、古代オリンピックなど、伝統的な山車の趣向にそぐわない時流に阿る演題も、多く取り上げられ、長く山車を作ってこなかった空虚を感じさせる。八戸と類似した鬼を中心とした動物の細工も多く、これらは岩手県北部が憧れる八戸での見事な仕上がりに沿うもので、そこそこの技術の高さをうかがわせるものである。趣向によって現在の三沢の技術に見合うものとそうでないものがあるようだ。
 山車製作の過渡期にあって、今後三沢の山車がどのように昇華し、発展していくか、注目される。

 おなじく大手の借入先として、十和田市があげられる。十和田三本木の稲荷神社祭礼は、一説に青森県南の最大の山車祭りともいわれ、大規模なものと知られている。十和田市の場合は、人形飾りのついた山車の前に「太鼓車(たいこぐるま)」と呼ばれる囃し方が乗り込むパレードカーのようなものをつけるのが特色で、太鼓を中心に囃し方を増員するのに役立っている。思い思いの衣装を身に着け太鼓車に乗り込む若者たちが、かなりパフォーマンスの色を濃くして囃子を奏でる姿は、一見人形飾りそのものへの関心が薄いようにも見受けられる。やはり警察の規制によって山車の持込が困難になった地域が多く、平成十六年現在は太鼓車のみで運行している団体も少なくなかった。
 メインストリートの官庁通りにて運行を開始するときは、必ず十字路で山車同士が交差するようにコースを作り、交差した時点でけんか太鼓が始まる。歩み太鼓、早太鼓を二台の山車が同時にはやし、優劣をつけて進路を取り合うというものである。人形山車で自作されているものもいくつかあり、人の人形よりも動物の人形のほうに見所があるのは三沢と共通する。合戦ものを中心に歴史場面の山車が多いが、やはりここにもアニメキャラクターの山車が登場している。太鼓車に人形飾りの演題を思わせるような装飾を凝らす例も若干は見られた。いずれ手作りの色が濃く、数少ない八戸借り上げの山車に比較して違和感を感じるものも多い。しかしながら、全体として三沢ほど人形山車にこだわる気風のない十和田市にあって、稚拙ながらも人形飾りをしたてようとする意気込みは珍重すべきものである。今後の伝承に大きな役割を果たすものと期待される。

 八戸の山車には借り上げされるものとそうでないものがあるようで、今回借り上げ先の祭礼で目にした山車は、十六日町、廿六日町、塩町、吹上(ふきあげ)、上組町、売市(うるいち)の作品が多かった。八戸以南に貸し出す組と、以北に貸し出す組があるようで、両方に回す組もある。

 

 平成18年周辺で、新たな動きが出始めている。従来のように八戸山車を丸ごと持ち込むのではなく、飾りの一部を用いたり、改めて絵図面を描き直すなどして競り上げの無い中型の山車を仕立てるという「切り売り」「発注貸し出し」のスタイルである。九戸村伊保内の上町の山車は、八戸市鍛冶町の山車組みに人形装飾を依頼している。出来上がるのは、当年の八戸三社大祭演題とはまったく無関係な演題の中型風流山車である。人形数は表に4〜5体、背面に2〜3体で、八戸山車ではなかなか目に留まらない技巧の細いところがよくわかる仕上がりだ。同様の形式が岩手県軽米町(十六日町・下組町)、同洋野町(貸出は吹上か)、青森県上北町(貸出は十一日町)などでも見られる。単純な持ち込みでない分、その土地ならではの作風が備わるのが見所である。

 

文責・写真:山屋 賢一

(写真提供:@ふだいまつり−匿名読者、A野田観光まつり−平下信一氏)



 

 

青森県南部地方のこれ以外の山車行事

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