八戸三社大祭とその周辺の山車
八戸市 (青森県) 新羅神社・龗神社・神明社 |
八戸の夏祭りで7月31日から8月4日まで開催され、山車が27台出る。旧南部藩領内では初めて国の重要無形民俗文化財に指定された山車行事である。八戸の山車には盛岡・二戸・三戸のような松や造花を伴う定型が無く、表裏の題に冠も付かない。かつては岩山車・波山車・屋形山車・高覧山車の4定型のもと使う人形も1〜4体ほどであったが、現在(平成初期頃〜)は仕掛け舞台と大量の人形を使って著しく大型化した。囃子や音頭は盛岡に近いが、「よーいよーい…」は進行中の掛け声で、音頭歌詞は祝いもののみ・7777の調子である。 ※実際に見に行ってみて(旧) ※実際に見に行ってみて(新) |
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9月第3金土日、登場台数は8台。山車行事は八戸に倣って戦後に始まり、昭和41年の水害で自作が途絶え、八戸山車の借り上げに至った。平成元年にめ組が自作山車を復活し(話者初見の平成15年には6台が八戸からの持ち込みで、め組と備前組が自作山車であった)、平成20年時点で全ての組が自作化し、八戸の山車組の指導や久慈市からの資金援助が行われた。 (平成23年見物) |
軽米町 (岩手県) 八幡宮 |
本来は9月15日から3日間の祭典だが、近年はそれに近い土・日・月曜に開催されている。うち中日は全く山車が動かず、初日と最終日のお神輿が動く際に行列に「奉供(ほうきょう)」する。
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九戸村 (岩手県) 熊野神社・八幡宮 |
毎年8月17日と19日の、それぞれ午後3時頃から伊保内(いぼない)の中心街を3台の風流山車が運行する。行列は初日は南田側(蒔田橋)から発し、最終日は上町側(県北バス伊保内営業所)から発する。1台は二戸の平三山車・残り2台は八戸の山車人形を上げており、八戸人形組の趣向はいずれも貸出先の同年趣向とは異なる。
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祭典は毎年8月17日から19日まで開催され、中日の18日には「北奥羽なにゃどやら大会」が行われる。山車は2台で、八戸から買い上げる年もあるが、近年はおおむね自前製作されている。下組旭光団は八戸の吹上山車組の人形を一部利用した時期もあった。どちらの山車も飾りの下に注連縄を張るのが慣例である。 ※元の隣町、現在は同町内となった旧種市町でも、夏祭りに数台の山車が出る。ただし伝統的な山車ではなく「更新制モニュメント」ともいうべき自由な作風のものであり、お囃子も団体ごとにバラバラである。(写真) |
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元々「のだ観光祭り」として8月24日から26日まで開催されていたが、平成18年から付近の金・土・日に設定され8月の最終週末に行われている。山車は初日と最終日、交通規制のかかる正午から夜7時頃まで運行する。中日は山車は動かず保管されるのみで、YOSAKOIソーランのイベントなどが行われる。 |
普代村 (岩手県) 八幡宮・北の股神社・鵜鳥神社 |
9月の最終週に開催(一時は第1金・日曜であった)。上組・中組・下組のうちいずれか2組から山車が出て、初日は午後4時半から8時過ぎまで、最終日は午後1時半から6時近くまで運行する。 (普代村役場からの情報提供を元に記載・見物は平成18・22・23年)
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二戸市金田一 (岩手県) 八坂神社 |
盆明けの金曜が前夜祭で、土曜・日曜が八坂神社祭典に伴う山車運行である。現在は上町(かみまち)若連の1台が午後いっぱい運行、祝儀を出した一軒一軒に山車を止めてせり上げを見せ、引き手全員が該当宅を向いて沖上げ音頭を上げる(沖上げ音頭の山車を止めての門かけは非常に珍しい)。山車の形態は盛岡型・平三山車…など変遷を経て、現在は市内福岡の山車組から素材を借り自前で組み直した人形5体強・せり上げ1段のスタイルとなった。台は明るい青の岩山・両脇に紅白の牡丹を備え、最上部には藤を絡めた生木の松を飾るなど二戸地方の作法を残した八戸山車である。
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三沢市 (青森県) 薬師神社・不動神社・雲龍大権現 |
8月第4金土日に開催、登場台数は15台。木曜夜はミスビートルに山車を集めて前夜祭、翌金曜が夜間の合同運行・日曜の午後に日中の合同運行がある。神社行列に海水を神に捧げる「潮汲女(しおくみめ)」が入るのが珍しい。
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五戸町 (青森県) 稲荷神社・神明社・八幡宮 |
8月最終金土日に開催、初日と最終日は日中に、中日は夜に山車が出る。登場台数は、旧倉石村からの1台が加わって9台となった。 |
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9月第2金土日に開催。上十三地方では「青森南部最大の祭り」と評判が高い。山車の前に囃子方のみを乗せる「太鼓車」が付くのが特徴で、基本的に山車には囃子方を乗せない。山車は八戸からの借り上げが主流だったが、山車輸送に物言いがついて以来、太鼓車のみでの運行や山車の自作が進んだ。囃子は八戸とも上北広域とも異なり、手平鉦が一対伴われ、たたき方に創作太鼓のような雰囲気がある。 |
東北町 (青森県) 高山稲荷神社(上北)・乙供神社(乙供) |
(上北秋祭り) 旭町、上野、花向町、本町、新町、南町、栄町、新山の8台が登場。8月最終金曜日から日曜日まで開催され、最終木曜日は前夜祭、合同の行事の際に集合場所に集まる時は、囃子をかけず引き子も付かず、トラック牽引で搬送する。
(乙供:日本の中央たいまつ祭り) 9月第2木曜から4日間開催。木曜日は前夜祭で太鼓競演および山車の夜間運行、本祭では中日を除く2日間山車の合同運行がある。元町、中野組、坂下町、緑町、表町、新町、本町の7台が登場、七戸や上北町からの借り上げと見られる作品が多かった。山車そのものの囃子は上北秋祭りで演奏されるものとまったく同じで、大太鼓のたたき手の舞うようなダイナミックな奏法がすばらしい。「元町元町元町わっしょい」などと掛け声がかかる。必ず山車の前方に神楽拍子が付属しており、これは野辺地祇園祭で見られるものとまったく同じである。山車は一部左右上下に開く仕掛けを伴うものもあるが、ほとんどは変形しないまま運行し、狭い路地を縦横に回れるサイズである。見返しは総じて絵馬を飾っており、人形飾りの見返しはきわめて少数である。乙供の町は、駅および乙供橋のかかる川を中心に細かく入り組んでおり、午後2時過ぎに始まる合同運行では橋上をわたって行列が何度も中心街を行き来し、約2時間余すところなく繁華を巡って盛り上がる。コロナ禍以降は中断中。 |
六戸町 (青森県) 犬落瀬熊野神社 |
9月第1週末開催。八戸借り上げであったものが平成15年を境に自主制作に転向したものと思われる(現在は1団体が八戸借り上げ・五戸から数例?)。昔話や妖怪退治の題材が多く、どの山車にも必ず仮装行列が先行する。汐汲み・藤娘など歌舞伎踊り装束の少女たちが引き子を先導するのも特徴である。囃子は八戸の旋律がやや素朴な風合いに変化したもの。 |
南部町福地 (青森県) 苫米地神明社 |
9月第2週末開催、苫米地町内会の上町・中町・下町・後町からそれぞれ山車が出る(コロナ禍後はこのうち2台)。山車は日曜日の午後に合同運行後、お祭り広場にイベント終了まで展示される。夜間に及ぶ為、どの山車も少なくとも表は電飾する。左右上下に開く八戸流の大型の山車で、見物時は登場した4台のうち1台が八戸市城下山車組の人形を再構成であった。各山車にさまざま工夫が凝らされており、人形はすべて菊人形風知恵蔵頭・八戸流の自作山車としては相当技術の高い部類に入る。お祭り広場到着時点で引き手・おはやしの子供たちは解散となり、祭典終了後は大人たちにより無音で山車が引かれ、車庫へと戻る。 |
おいらせ町下田 (青森県) 三田伏見稲荷神社 |
9月最後の土曜・日曜にJR下田駅前をメイン会場として行われる、青森県南ではもっとも遅い時期の山車祭りである。三田伏見稲荷神社の神輿渡御に、北組・間木山車組・三田南組・三本木実行委員会の4台の山車と、本村獅子舞、本村鶏舞、各種手踊りやヨサコイ・ブラスバンドなどが随行する。 |
七戸町 (青森県) 七戸神明宮 |
9月最初の金曜から日曜にかけて、町内から17基の「絵馬型風流山車」が出てにぎわう。山車の祭典参加は昭和3年、時の町長の山車作り奨励によるものといい、仮装行列は山車に先立って祭典に取り入れられていた(大正中期から)。見返しに町の名物である南部小絵馬を大きく作り、人形は飾らない(非更新カ)。表の趣向はせり上げ・拡張を伴うものと伴わないものとがあり、八戸から一部人形を移入したように見える山車もあった。一方で「洞窟の頼朝」「平治の乱」など、七戸ならではの凝った演題に取り組む山車組もある。せり上げなど仕掛けの披露は行列中こまめに行われ、山車はほぼノンストップで運行する。 |
おいらせ町 (青森県) イオンタウン下田 |
百石(ももいし)町・下田町が合併して「おいらせ(奥入瀬)町」となって以来、両町の秋祭り終了の翌週にイオンタウン下田にて「おいらせ秋祭り」が行われるようになった。通算13回目を数える令和5年は北口駐車場に百石から自作山車2台・下田からは3台がお目見えし、夕方から3時間程度太鼓の共演などを行った。各組10分で山車囃子と踊りとが交互に出、途中20分ほど休憩が入る。百石の山車は常に全開状態で展示され、下田の山車は生き人形が乗り込んでパフォーマンスする際のみ展開した。 |
※八戸借り上げの山車まつり事例
(メモ:各地に貸し出されている三社大祭の山車:祭典開催日順)
★大野村:上組町・十六日町
★野田村:十六日町
★五戸町:廿六日町
★六戸町:十六日町
★普代村:十六日町・塩町
★十和田市:吹上・廿六日町
★軽米町:上組町・売市・根城新町
★百石町:新井田・朔日町・下大工町・糠塚・鍛冶町・根城新町・柏崎新町
★久慈市:吹上・塩町・廿六日町・類家・売市
八戸三社大祭は8月の上旬と早く開催されるため、祭典終了後に近隣市町村へ山車を貸し出すという風習がかなり前から行われていた。八戸の山車貸し出しは岩手県北部および青森県南部の山車行事を支える大きな役割を果たし、結果青森県南部地方は東北で一番山車奉納台数の多い地域となった。各地の祭礼のほかに、スーパーマーケットやデパートなど人が集まる場所にも、客寄せに山車が借りられてくることがあるという。
県境を南に越える岩手県の山車祭りでは、久慈市を中心に九戸郡での八戸山車借り上げが多い。約六百年の歴史を持つといわれる岩手県久慈市の秋祭りは、一般に県北地方最大の新嘗祭として名高く、実質大型の八戸系風流山車八台の競演はその規模を十二分に感じさせてくれる。(現在は市内山車組による自作山車)
岩手県内では他に、軽米町(かるまいまち)、野田村、普代村、大野村(現洋野町)に八戸の山車を持ち込む山車祭りがある。
大野村の鳴雷(なるいかづち)神社祭礼に出る山車は、地元有志が作ることもあれば、八戸の山車を買ってくることもある。山車を出すのは上町新興團、下町旭光團の二団体で、団体名が「組」ではなく「団」を名乗っているのは軽米町とも通じる。九戸郡独特のものである。八月十七日からの三日間の祭礼のうち、中日は近年「北奥羽なにゃどやら大会」として県内外から盆踊り団体を含め、多くの観客を集めている。
普代村のふだいまつりにも八戸から二台の山車が買い上げられて運行するが、こちらは囃子、引き方の作法とも久慈市の例に酷似するものである。もとは久慈に持ち込まれた八戸の山車を、さらに普代へと南下させていたが、現在は普代まつりのほうが早く開催されているため、直接八戸に買い上げに行くという。昭和四八年までは三社大祭と称して地元で製作された三台の山車が運行していたが、現在は途絶えている。
野田村の山車は三台で、うち二台が前述した二戸の山車で、もう一台が八戸買い上げの山車である。(現在は手作り山車に以降)二戸持込の山車は、飾りを解体した状態で持ち込まれ、地元祭り組の持っている台車に組み上げられるが、台車の幅や装飾方が、三つの組とも八戸の形を顕著に反映している。
軽米町では、二戸、一戸、八戸と三様の山車が並び引かれる。各々の借入先の運行方が地元山車組に影響しているようなことは無く、大きな人形の山車であってもたくさんマネキン人形を使った山車であっても、概ね共通の囃子で引かれている。何処の地域から借り入れるかについては、時代時代で変遷があったようだ。
以上のように、岩手県北部を中心に八戸より南に位置する借り上げ先については、運行方法、とりわけ囃子が八戸とはかなり違う趣である。逆に八戸の北側では、囃子も掛け声も八戸とまったく同じ形で山車が引かれている例が多い。
八戸山車の最大の借り上げ先といえば、三沢市である。八戸と遜色のないほど山車の台数が出る三沢まつりは、山車の輸送に警察の規制がかかった事情等もあって、平成十五年よりすべての山車組が八戸から山車を買うのをやめた。自作に転向したのである。運行の際にかかる囃子言葉「よーいよーい、よいさーよいさ、よいさのせ」はじめ、笛の旋律もすべての組で相違なく、八戸とまったく同じものを用いている。その上八戸の山車が持ち込まれていたのであれば、往時は完全に「八戸三社大祭の出張」であったのだろう。平成十六年現在のおのおのの山車の仕上がりを見れば、まだ発展途上の組が殆どである。衣料用のマネキンを使った小ぶりな山車がほとんどだが、原始的な競り上がり舞台を備えるものも、中には見られる。一台だけ、三戸の前年の年の人形を買い上げている組があった。ミッキーマウスやワンピース、古代オリンピックなど、伝統的な山車の趣向にそぐわない時流に阿る演題も、多く取り上げられ、長く山車を作ってこなかった空虚を感じさせる。八戸と類似した鬼を中心とした動物の細工も多く、これらは岩手県北部が憧れる八戸での見事な仕上がりに沿うもので、そこそこの技術の高さをうかがわせるものである。趣向によって現在の三沢の技術に見合うものとそうでないものがあるようだ。
山車製作の過渡期にあって、今後三沢の山車がどのように昇華し、発展していくか、注目される。
おなじく大手の借入先として、十和田市があげられる。十和田三本木の稲荷神社祭礼は、一説に青森県南の最大の山車祭りともいわれ、大規模なものと知られている。十和田市の場合は、人形飾りのついた山車の前に「太鼓車(たいこぐるま)」と呼ばれる囃し方が乗り込むパレードカーのようなものをつけるのが特色で、太鼓を中心に囃し方を増員するのに役立っている。思い思いの衣装を身に着け太鼓車に乗り込む若者たちが、かなりパフォーマンスの色を濃くして囃子を奏でる姿は、一見人形飾りそのものへの関心が薄いようにも見受けられる。やはり警察の規制によって山車の持込が困難になった地域が多く、平成十六年現在は太鼓車のみで運行している団体も少なくなかった。
メインストリートの官庁通りにて運行を開始するときは、必ず十字路で山車同士が交差するようにコースを作り、交差した時点でけんか太鼓が始まる。歩み太鼓、早太鼓を二台の山車が同時にはやし、優劣をつけて進路を取り合うというものである。人形山車で自作されているものもいくつかあり、人の人形よりも動物の人形のほうに見所があるのは三沢と共通する。合戦ものを中心に歴史場面の山車が多いが、やはりここにもアニメキャラクターの山車が登場している。太鼓車に人形飾りの演題を思わせるような装飾を凝らす例も若干は見られた。いずれ手作りの色が濃く、数少ない八戸借り上げの山車に比較して違和感を感じるものも多い。しかしながら、全体として三沢ほど人形山車にこだわる気風のない十和田市にあって、稚拙ながらも人形飾りをしたてようとする意気込みは珍重すべきものである。今後の伝承に大きな役割を果たすものと期待される。
八戸の山車には借り上げされるものとそうでないものがあるようで、今回借り上げ先の祭礼で目にした山車は、十六日町、廿六日町、塩町、吹上(ふきあげ)、上組町、売市(うるいち)の作品が多かった。八戸以南に貸し出す組と、以北に貸し出す組があるようで、両方に回す組もある。
平成18年周辺で、新たな動きが出始めている。従来のように八戸山車を丸ごと持ち込むのではなく、飾りの一部を用いたり、改めて絵図面を描き直すなどして競り上げの無い中型の山車を仕立てるという「切り売り」「発注貸し出し」のスタイルである。九戸村伊保内の上町の山車は、八戸市鍛冶町の山車組みに人形装飾を依頼している。出来上がるのは、当年の八戸三社大祭演題とはまったく無関係な演題の中型風流山車である。人形数は表に4〜5体、背面に2〜3体で、八戸山車ではなかなか目に留まらない技巧の細いところがよくわかる仕上がりだ。同様の形式が岩手県軽米町(十六日町・下組町)、同洋野町(貸出は吹上か)、青森県上北町(貸出は十一日町)などでも見られる。単純な持ち込みでない分、その土地ならではの作風が備わるのが見所である。
文責・写真:山屋 賢一
(写真提供:@ふだいまつり−匿名読者、A野田観光まつり−平下信一氏)
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