盛岡山車の演題【風流 里見八犬伝】
 

里見八犬伝

 



盛岡市長田町三番組昭和63年

 南総里見八犬伝(なんそう さとみはっけんでん)は江戸時代の読み本(歴史小説)の中で最長といわれるもので、文豪曲亭馬琴(きょくてい ばきん:滝沢馬琴)が生涯をかけて書き上げた代表作である。里見家の再興を目指す「八犬士(はっけんし)」の数々のエピソードの中から、盛岡山車では犬塚信乃と犬飼現八(当該場面では「見八」)が下総国古河城(こがじょう)の天守「芳流閣(ほうりゅうかく)」の屋根の上で戦う場面を採り上げている。
 大塚村で育った犬塚信乃戌孝(いぬづかしの もりたか)は、父の形見で足利家伝の名刀である「村雨丸」を許我公方(こが くぼう:室町中・後期の関東の支配者)に献上するため御所を訪れた。ところが悪人により太刀袋の中身がニセモノに摩り替えられていたため、偽装犯・さらには暗殺者の濡れ衣を着せられて忽ち窮地に陥り、御所中の侍相手に逃亡劇を繰り広げることとなる。将軍に会うため動きにくい晴れ着姿で参上した信乃であったが、剣の腕はめっぽう強く並の護衛では相手にならない。諫言を咎められて投獄されていた許我公方配下一の剛の者 犬飼見八信道(いぬかいけんぱち のぶみち)が柔術・捕り物の腕を買われて召集されると、戦局はおのずと両者の一騎打ちとなった。
 雑兵の追跡を逃れて御所の屋根の上、つるつると滑る瓦に足を踏み外せば即奈落の底という緊迫した舞台で強者同士がせめぎ合い、見上げる皆が固唾を飲む。互角伯仲の両雄は、ついに組み合ったまま楼の下へ転げ落ち、利根川に浮かぶ小舟にその身を拾われ姿を消すのである。芳流閣の決斗は八犬士同士の巡り会いの中で最も華やかで、よく知られた場面である。

葛巻町下町組平成14年

 芳流閣決闘の作りものは、特に地方においては物語りの伝播以前に錦絵を通して広まり作られ始めたものではないかと私は考えている。非常に画になるので、「どういう場面か」「八犬伝の中でどのような位置づけか」といったことへの関心はだいぶ後になって喚起されたのではなかろうか。ゆえに物語を知っているか知ってないかは、八犬伝の山車を見る楽しみにそれほど影響しないと思う。盛岡山車でも、たとえば見返しに伏姫(ふせひめ)が登場したりすることはほとんど無く(令和元年初登場カ)、あくまでも絵面の美しさが山車の魅力のすべてである気がする。

 盛岡山車『里見八犬伝 芳流閣の場』は、盛岡市長田町の消防八分団三番組がたびたび手がけている自慢の題材である。盆の上に非常に精巧な瓦屋根を作るが、これは盛岡山車の大道具の中では最も規模の大きいもので、八犬伝の山車に使った後も『地震加藤』や『羅生門』の建具として仕立て直されることが多かった。一人を屋根の上に、もう一人は下に配して上を見上げる格好に作る。両者の左右が入れ替わることもあるが、構図に大差は無い。下に構える現八は鎖帷子(くさりかたびら)の上に派手な錦をまとって襷を掛け鉢巻を締め、手練れの十手を逆手に構える。一方の信乃は、楼閣の上から敵の様子を伺って刀を振り上げる。

両者大人形・斬り合いの型(沼宮内の組平成25年)

 信乃はその剣の腕前とはうらはらに女のような端正な顔立ちと八犬伝に描かれているから、三番組は信乃の顔を肌色でなく白塗りにし、水浅葱に深紅という目の覚めるようなコントラストの晴れ着を纏わせる。ここに三番組八犬伝ならではの完成された色味があり、さらに屋根の派手な配色、上部に躍る鯱(金のシャチホコ)と鬼瓦…と実に見所が多い。鬼瓦は表情をいかめしく且つユーモラスに凝らし、鯱は大きめに仕立てて電線の下を通るときは内側に折り込む。電線を抜けてシャチホコが現れると、山車は唯一無二の豪勢な味わいを帯びる。

『伏姫』(石鳥谷上若連令和元年)

 他の組が作った八犬伝では、シャチホコにも鬼瓦にもこれほどのこだわりは見られない。むしろ足場までしっかり瓦を這わせるなど望楼の再現如何に見所が多く、視点を大胆に変えて右方にシャチホコを常置した一作もあった。数々優秀な山車組みが手がけたが、どうしても屋根上の信乃が小さな人形になりがちであり、二人を同じ大きさで作ったのは盛岡の一番組や沼宮内のの組などわずかな例に限られる。の組は平成に入って2度出したが、一度目は定例の型・二度目は両者を接近させ、信乃の剣戟を長い十手で受け止める形にした。この構想は後年、盛岡でも採り上げられている。

 盛岡のみ組(新盛組)ではこれとは別に、八犬士の犬村大角(いぬむら だいかく)が庚申(こうしん)山の洞穴に住む化け猫を退治し父の仇討ちをする場面を『里見八犬伝』の題で山車に出す。犬と猫の戦いだから、八犬伝の題にはふさわしい趣向かもしれない。この化け猫は大角の父を殺した上に化けて入れ替わり、それを見抜いた犬飼現八に片目を射られた。目を治すには胎児の生き血が必要で、化け猫は大角に妻の腹を裂いて生き血を取るよう求める。このような非道の数々で大角を苦しめ続けてきた化け猫は八犬士の助けでついに退治され、大角は最後の一人として八犬士に加わる。山車の大角は首の数珠・手にした金剛杖で僧侶・行者の風貌に描かれ、下方には盛岡山車では珍しい大猫が組み伏せられている。長らくこの組のみの題だったが、平成以降は花巻の東和町や石鳥谷でも作例が出た。
 猫が出る題には他に、『有馬の猫騒動(小野川喜三郎)』『鍋島騒動』がある。
 

『芳流閣』青森県五所川原市のねぶた

(他地域)

 芳流閣の決闘は、「山車祭りのシーラカンス」静岡県大須賀町のネリ(曳山)の人形にもなっているほど由緒が深い。古い形を辿るほど、物語性を排除した構図本位の八犬伝の型として散見される。岩手では、二戸広域に根を張る平三山車でたびたび芳流閣の場面取りがなされ、楼が上半分折れ曲がり、隠れるように添えられた犬塚もこれと前後して後方に折り返る凝った仕掛けを伴う。隣県の青森では、八戸や野辺地でシャチホコのみを大きく作り上下に両者を配す趣向が登場している

『庚申山の怪猫』下閉伊郡普代村

 「南総里見八犬伝」は全98巻に及ぶ大作であるので、名場面はそれこそ無数に存在する。近年は物語性を重視した八犬伝の山車が青森ねぶた、八戸山車、花巻山車、新庄山車などに広く見られるようになり、伝統的な犬塚・犬飼の対峙の型を駆逐しつつあるようだ。伏姫の体を破って八つの玉が飛び散る場面を劇的に描いた山車(山形:新庄まつり、青森:八戸三社大祭ほか)、円塚山での犬山道節・犬川荘助の出会い(青森ねぶた祭り)、犬田小文吾が暴れ牛を取り押さえる場面(秋田:角館祭り)、伏姫が玉梓を射る場面(岩手:花巻まつり)、大角化け猫退治の裏に猫が化けた赤岩一角の妻「船虫」(岩手:九戸まつり)などがあり、八戸型の山車では八犬士総揃えの趣向もよく見られる。とりわけ悪役の玉梓(たまずさ)を創意を凝らして奇怪に描き、従来に無い構図を勘案しているものが多い。例えば近年の映像作品では玉梓を蜘蛛の妖怪として描いているので、女郎蜘蛛のモチーフが伴われたりする。大角の化け猫退治は、八戸山車や黒石ねぶたでたびたび出る。

九戸郡野田村の山車

(ページ内公開)

日詰橋本組   盛岡の組   石鳥谷上若連(猫)

『八犬士総揃え/見返し芳流閣』久慈山車  『八犬士総揃え』軽米山車
『船虫』九戸山車  『伏姫と八房』黒沢尻山車   『芳流閣』弘前ねぷた




【本項掲載写真】 盛岡市三番組S63(現八左)・葛巻町下町組H14(現八左)・岩手町沼宮内の組H25(平成新型) いずれも「芳流閣の場」・見返しの伏姫(石鳥谷上若連R1)
(以下、他系統)青森県五所川原市の人形ねぶた(芳流閣)・下閉伊郡普代村の八戸山車(化け猫退治)・九戸郡野田村の平三山車(芳流閣)




文責:山屋 賢一/写真:山屋幸久・山屋賢一

山屋賢一 保管資料一覧
提供できる写真 閲覧できる写真 絵紙
芳流閣 盛岡観光協会・葛巻下町組(本項2枚目)
沼宮内の組(本項3枚目)
日詰橋本組
盛岡の組

二戸福岡川又(見返し)

九戸南田・二戸福岡田町
野田中組(本項6枚目)
盛岡三番組(本項1枚目)

盛岡一番組
盛岡三番組@
盛岡三番組A
一戸橋中組・日詰下組
沼宮内の組
二戸福岡は組
九戸村
盛岡三番組(富沢)
盛岡観光協会・西根会(富沢)
沼宮内の組(非頒布品)
盛岡の組

一戸橋中組(富沢)

盛岡一番組
盛岡三番組@(富沢)
盛岡三番組A(富沢)
庚申山 石鳥谷上若連

普代上組(本項4枚目)
青森八戸
盛岡み組
盛岡新盛組

青森黒石(扇)
青森黒石(組)
青森八戸
石鳥谷上若連(手拭)

盛岡み組
ご希望の方は sutekinaomaturi@outlook.comへ

(音頭)

黄金鱗(こがねうろこ)の 鯱鉾(しゃちほこ)上げて 山車は名代(なだい)の 八犬伝
高き甍
(いらか)に 霞(かすみ)か虹か 龍虎(りゅうこ)挑みて 雲を呼ぶ
犬士
(けんし)まみえる 里見の縁(えにし) 玉(ぎょく)の光に 導かれ
信乃
(しの)と現八(げんぱち) 死力を尽くし 灼(や)ける瓦(かわら)の 屋根の上
芳流閣
(ほうりゅうかく)の 瓦の上で 信乃と現八 めぐり合い
屋根で対峙
(たいじ)し 組み合う二人 秘めたる珠(たま)は 「孝」と「信」
玉の縁に 結ばる二人 芳流閣
(ほうりゅうかく)の めぐり合い
親の形見
(かたみ)と 犬塚(いぬづか)信乃が かざす村雨丸(やいば)に 日の光り
親の形見と 犬塚信乃が かざす村雨
(むらさめ) 陽(ひ)が映る
信乃を追い込み 犬飼現八
(げんぱ) 組み合いもつれ 利根川(とねがわ)
高き櫓
(やぐら)に 龍虎の競い 落ちて小舟(おぶね)の 水煙る
本性
(すがた)あらわす 化け山猫を 形見の刀で 仇を討つ
(じん)のこころと 牡丹(ぼたん)の痣(あざ)を 肌に持ちたる 八犬士
八行
(はこう)の数珠(すず)を 犬士は提(さ)げて 身体(たい)のどこかに 牡丹あざ
仁義八行
(じんぎはっこう) 里見のもとに さだめ受けたる 八犬士
(や)つの魂 義を一筋に 立てる武名の 八勇士




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