青森県青森市 青森ねぶた祭り

 

 

解体中のねぶた『景清』
日程整理

●午後6時       各ねぶた、進軍コースに揃い
●午後6時半      各ねぶた、太鼓の打ち鳴らしを開始
●午後7時       青森ねぶた進軍開始
●午後8時〜      進軍終了・小屋納めのため帰り囃子でアスパムねぶた団地まで運行
●午後9時       小屋納め完了

※2日から6日まで、ほぼ同じ日程で進行※
※7日は午後2時よりなぬかび日中運行・夜7時より海上運行(一部)※

 青森市のねぶた祭りは、数あるこの種の夏祭りの中で最も観光化・産業化の進んだものであり、実際に見に行って感じ取った青森ねぶた祭りの感動の7割は、祭りそのものよりも「徹底したねぶたの観光化」にあった。青森駅に降り立つと、改札を抜けたあたりに土産屋が二重三重四重に軒を連ねてあり、さらに駅を出るなり大きな道の両側に30メートル刻みで並ぶ土産屋群…、縁日の的屋がすべて土産物売りになったような奇観である。売っているものはさまざまで、すべてにねぶたの写真や絵が刷ってある。ねぶたの絵柄がプリントしてあるものに片っ端から心をときめかせていた自分がばかばかしくなるくらい、あらゆるものがねぶた化していた。「さあすが日本一の夏祭り」、盛岡さんさや北上芸能まつりといった岩手の夏祭りに比べ、圧倒的なスケールの大きさ。ねぶたはまだ一台も動いていないのに町にはねぶたのお囃子がどこをつついても鳴り響いており、そもそも地元のお祭りのお囃子を街路放送で流していること自体、今までの自分の知るところではありえないことで、いかに青森市民・青森県民全体がこの祭りに自信を持っているか、そういった部分でのレベルの違いに愕然となった。

鹿嶋明神が鯰を退治する『地震鯰』

 青森のねぶたは一般に歌舞伎調といわれ、面には隈取りが入り、津軽凧絵のパキッとした描き味に幾分通じている。趣向は日本史上の武者もの、歌舞伎の荒事、三国志や水滸伝、不動明王などの荒々しい仏達に加え、青森県内の非常に狭い範囲にしか知られていない地方伝説なども題に採られる。若干の変動はあるが毎年おおむね20数基の大型ねぶたが「出陣」し、そのうち上位5作品に賞が与えられる。
 ねぶたを専門に作る職人「ねぶた師」がいて、彼らの多くはねぶた製作のみで生計を立てているという。ねぶた師の名は表題脇に記され、観光パンフレットにも載る。構想・演目選び含めてねぶた師の担うところは大きく、通は「どこのねぶたか」ではなく「誰が作ったねぶたか」に関心を寄せる。「名人」と語られるねぶた師と、作風や趣向を引き継いだ系譜があるようにも聞く。賞を争うため各製作者とも趣向を凝らし、常に斬新な型を求めている点が青森ねぶたの特色であり、最大の魅力である。青森県内の20を越える規模様々のねぶた祭りのうち、人形ねぶたについては青森市のねぶた師の卓抜した趣向を真似て作ったものが多い(黒石や大湊はその例外である)。昭和の終わり頃からフルカラーで丁寧に描かれるようになったというねぶたの下絵は、複製されてそこらじゅうの土産物に刷られ、団扇やチラシに載る。近年はインターネットでも配信されるようになり、有名な作家の下絵はデパートの催事場などで展覧・即売される事もある。

 わかりきったことながら人出も莫大で、ねぶたの通る道にできる人の層はゆうに10を越してみな爪先立ちでねぶたを待っている状況であった。午後6時半からの運行開始ということで、ねぶたは保管場所を出ておのおのの出発地点まで静かに運ばれる。この光景がねぶたを「山車の延長線上」と見ていた自分にはすごく意外に映った。山車ならばお囃子、さらには引き子さえ省略されての無音の運行など考えられない、しかしねぶたではそのテのことが当たり前のように行われていて、観客も音のないねぶたには「まるで見えないかのように」関心を示さない。ねぶたの運行開始まで、ねぶたの通るストリートには等間隔に17台のねぶたが並び、やがて空が群青に染まったころに灯が入る。この光景を見て「なるほど」とある程度の納得を得た。
 ねぶたはやはり「飾り灯篭」なのだなと。本来動くべきものではなく、こうやって一列に並んで四方をやさしく照らすような、そういう姿にこそ一番彩りがあるのかもと感じた。運行はその移動に過ぎない。だからこそただ動かすことも許されるし、お囃子がついてその移動を過剰に盛り上げるから観客も注目・喝采する。いつしかその喝采に応える形で、ただの運ぶ作業が上下の揺らぎや回転を生んだのではと。

小屋に入った『悪源太義平』のねぶた

 運行(津軽では「進軍」と呼ぶ)が始まり、その確信はさらに深まった。まず太鼓だけの乱れ打ち、イメージに反した無機的なリズムがふと与える違和感。それがある瞬間を境におなじみのねぶた囃子を呼ぶと、ここぞとばかりにすぐさま介入してくる笛に手振り鉦、お囃子そのものが素晴らしいのは幾たびもの報道で確認済みだったものの、この演出はさらにそのキラキラ感、荒々しい旋律・音源の持つ力を2倍にも3倍にも引き出してくいる。
 ねぶたが動き出す、上下にその体を揺らしながらまるで這うように進んできた。パンフレットの写真よりか小さい感じがするのは、どのねぶたも横に大きく、高さは4メートルをやや超したくらいの平べったい形をしているからか。ゆえにねぶたの上の人物は皆体をかがめ、手足を思い切り横に伸ばして躍動的な構えとなる。運行は囃子、ハネト、ねぶたの順での行進で、いろいろなものが張り付いた笠をかぶって跳ね回るハネトがねぶたと囃子を遠ざけるため、ねぶたが目の前にきたときにはほとんどお囃子は聞こえず、むしろ後続団体のお囃子に乗って蠢いている感じがする。これも先程の飾り灯篭のイメージに沿うもので、やはり単なるオブジェとしてのねぶたのほうが見栄えという点では上を行くように感じた。

 情報収集時には一時間半の運行時間とはなんとも短いものよと感じたが、見切ってみて納得、これが適量。ねぶたの運行コースは輪のようになっていて、50分ほどの刻みで列の頭が再び戻ってくる。これを2時間も繰り返したら大方の観光客は飽きてしまうかもしれない。そういう意味でも、青森ねぶたはしっかりと観光化されていた。
 パレードが終わるとわっと観客は掃ける、私はここからが本当の見所と思う。激しい進行囃子とは対照的な帰りの囃子に乗って、ハネトのいないねぶたが今度こそ自軍の囃子に密接して引かれ、小屋へと帰っていく。大通りではなく比較的道幅の少ないところを通り、観客のまばらなところをゆっくり動くねぶたの姿が、やっと私の中で「山車」と一体になり、このとき初めて細部の詳細をじっくりと見られた。ねぶたの”見返し”にあたる部分はさまざまで、波をひたすら描いたもの、演目と関係する趣向を散らしたもの、単に企業名を大きく作ったものなど特に定型は無さそうであった。例えば、蝶の細かい造りが評価されて大賞を取った『陰陽師』の見返しは平安官女を立体的に作ったものである。ねぶたは集合的に作られた小屋「ねぶた団地」に静かに納まり、すぐに灯は消されて今日一日の運行が終わる。これが大体夜9時半ごろで、青森駅近くの三角形のビル付近(アスパム)がねぶた小屋の集合地点である。

越訴一揆をモチーフにした珍しい題材

 2日間津軽半島を渡り、再び7日の昼頃に青森駅に帰った。この日は大雨、しかしながら観光課は何があってもねぶたを動かすようで、多くのねぶたはビニールをかぶったまま、7日の昼運行に向けて待機していた。さすがに雨のなか・昼の運行ということもあってか、4日の夜と比べるとぐんと観客は減っており、ハネトもろくにいないまま『七日(なぬか)び』という最終日特有の囃子を打って次々と進軍していく。大方のねぶたがビニールでよく見えない中、私が一番気に入っていた『朝比奈三郎地獄の屈服』が何の雨よけもなさずに雨粒に打たれ、ぼろぼろになりながらこちらに向かってきた。その恐ろしい形相が雨に打たれずたずたになっていく中でさらに輝きを増し、朗々と迫ってくるあの姿は忘れられない。ほかの多くのねぶたの表情はみな似通っており、迫力は十分すぎるほどあるが、どうしても見ていて飽きる。その中を鮮烈に走った朝比奈三郎は、2重に3重に私の心をぎっちり捉えた。(平成14・17年見物)
※こだわり:ねぶたは大多数が夜の写真で紹介されるので、私は全部昼の姿で紹介しました

背面の趣向『小鍛冶』

※私が見に行ったねぶた祭り一覧


★外部リンク★

★第1回田村麻呂賞受賞演題「村上義光」について(私がお譲りした写真も掲載)

 

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文責・写真:山屋 賢一